厳しい業績の中で会社の「シンボルチーム」となるべく、再スタートを切った。2009年限りで休部して以来、16年ぶりに社会人野球界に戻ってきた。企業が野球部を持つ意味をかみしめ、会社全体の士気高揚を目指している。 取材・文=大平明 
写真=矢野寿明
目的は「一体感の醸成」
社会人野球の舞台へ16年ぶりに戻ってきた。1959年に創部し、都市対抗は29回出場。84年と98年には黒獅子旗を手にし、2003年には社会人日本選手権を制した。
川越英隆(元
オリックスほか)、
梵英心(元
広島)、
熊代聖人(元
西武)らプロ野球選手も多数輩出してきた名門チームだ。しかし、09年にリーマン・ショックの影響で業績が悪化して休部。それから雌伏の時を過ごすこととなったが「従業員の一体感の醸成」を目的に、復活のアナウンスがあったのは2023年9月。1年以上の準備期間を経て、今年の1月14日にチームが再始動。2月17日には体制発表を行い、活動拠点となる追浜工場からは応援用のパネルなどが贈呈された。
09年の休部時は副部長を務めていた田川博之ゼネラルマネジャーは「この半年間、日産自動車を取り巻く情勢が非常に厳しく、心配の声が選手の耳にも届いています。ただ、そうしたなかでも『野球部を復活させてほしい』『明るい知らせを待っています』というお言葉に背中を押されて、ここまでやって来られました。応援していただける社員、地域の皆さまに明日へ向かって頑張っていける希望の力を届けられるように全員で腹をくくっていきたいと思っています。ぜひ、期待してください」と決意を語った。桝本心部長は「企業スポーツは応援する方々の士気を高める力があると思っております。選手たちは多くの支えに感謝しながら、全力プレーをお見せできるように努力してまいります」と話した。
チームを指揮するのは伊藤祐樹監督(福井工大)である。初優勝を遂げた03年の日本選手権では最優秀選手賞、19年には日本野球連盟(JABA)による平成のベストナインでは遊撃手部門で選出されるなど「ミスター日産」と呼ばれた名選手だった。
「活動を開始して1カ月ほどたちますが、1日も雨に降られることなく、順調に来ています。先日、内田誠社長が自力での復活を宣言されました。われわれはそのシンボルチームとなるべく、しっかりと地に足を着けてまい進していきます」。指揮官が奮闘を誓えば、この1年間、チーム再始動への準備を進めてきた四之宮洋介ヘッドコーチ(青学大)は抱負を語った。
「若いチームなので成功までに時間がかかるかもしれませんが、一つのチームになって成長していきたい」

チームを支える指導陣が日産自動車をつくり上げる[左から宮田投手コーチ、伊藤監督、四之宮ヘッドコーチ、西川マネジャー兼コーチ補佐。写真=矢野寿明]
日産自動車は23年12月に横須賀市と「スポーツ振興に関する連携協定」を締結。野球教室の開催など、地域貢献活動を通じてスポーツを核としたまちづくりの推進に協力していく。お祝いに駆けつけた上地克明横須賀市長は、激励の言葉を送った。
「日産自動車野球部は横須賀のアイデンティティーの一つだと思っているので、復活を待ち望んでいました。横須賀は野球が盛んですから市民球団として活動していただきたい。そして、一日でも早く栄光の日本一の座に戻ってほしい」

日産自動車は2023年12月に横須賀市と「スポーツ振興に関する連携協定」を締結。横須賀スタジアムでの公開練習で、上地克明横須賀市長が激励の言葉を送った[写真=矢野寿明]
「気持ち」がある22人
練習環境については、2月末にクラブハウスと室内練習場が完成する見込み。グラウンドは来夏の完成を目指しており、それまでは横須賀スタジアムなど市内のグラウンドを利用して練習に励む予定だ。また、ユニフォームの胸には幸福の象徴で、同社のレジェンドカーの名前にもなっている「ブルー
バード」が描かれ、ホーム用は白色、ビジター用は横須賀市をイメージした青色が基調となっている。伊藤監督は背番号92を着ける。その理由を「今年で日産自動車は92歳なので」と、同社が1933年に本格的な自動車生産へ乗り出したことにちなんでいる。
選手は投手7人、捕手2人、内野手7人、外野手6人の計22人。そのうち21人は新卒選手だ。伊藤監督は「もちろん強いチームを目指すのですが、『日産自動車の野球部をつくるんだ』という思いが根底にあったので、『日産自動車でやりたい』という気持ちがある選手を選びました。北は北海道から南は沖縄まで、全国から選手が集まったのですが、リモートで面談をさせてもらい、それぞれの思いを確認しました。会社の状況が厳しくなったなかでも、内定を取り消した選手は一人もいなかったので、チームの立ち上げにふさわしい採用ができたと感じています」と満足している。
練習が始まった当初は日替わりでキャプテンを回していたが、1カ月がたとうとしたところで石毛大地(筑波大)が主将に就任。石毛は昨季まで茨城日産でプレーしていた唯一の社会人2年目の選手だ。伊藤監督は「社会人野球は独特な取り決め事項があり、現場を経験している選手が欲しかったのでお願いしました。石毛は昨年の都市対抗の北関東予選で高い打率を残しましたし、練習のなかでリーダーシップが垣間見えたので主将を任せることにしたんです」と理由を挙げた。石毛主将は「自分だけ年齢が一つ上なので、覚悟はしていました。前のチームを離れることに葛藤がありましたが、チームメートは温かく送り出してくれましたし、半ばあきらめていた地元の神奈川でプレーできることが何よりもうれしいです。まだ手探りで何が正解なのかも分かりませんが、伊藤監督やコーチに引っ張ってもらい選手たちで考えながら、自分も先頭に立って進んでいきたいと思います」と、重責を受け止めている。

メンバー22人で唯一の大卒2年目・石毛が主将を務める。筑波大から入社した昨年は茨城日産に在籍。相模原高出身であり、地元・神奈川でのプレーに、背筋を伸ばしている[写真=矢野寿明]
都市対抗予選において日産自動車が所属する西関東地区は、同最多の優勝回数を誇るENEOS(12度)と2位の東芝(7度)。さらに、昨夏の都市対抗を初めて制した三菱重工Eastと強豪チームがひしめく。
「力の差があることは否めませんが、自分たちからコケることはないようにしていきたい。そのためには当たり前のことを、当たり前にやること。普段から注意していることを高い精度で全員ができるようにしていきたいです」(伊藤監督)。「試合に勝って勝負に負けた」という言葉があるが、指揮官が目指すは、内容で負けていたとしてもきっちりと白星を手にする野球である。「隙のない野球をするのが日産自動車。負けない野球を突き詰めていきたい」。

3月の春季神奈川県企業大会が初の公式戦であり、6月には都市対抗二次予選を控える。西関東地区はENEOS、東芝、三菱重工Eastと強豪チームがひしめく激戦区である[写真=矢野寿明]
勝つことで従業員の力に
大きな看板を背負う選手たちは練習を始めてまだ間もないが、成長速度には目を見張るものがあるという。「トレーニングでフラフラしていた選手たちがしっかりとできるようになり、ランニングも良い力感で走れるようになってきました。技術の前の段階ですが、野球にもつながっていくと思います」。石毛主将によると「バッティングではスイングの力がまだ足りていないので
ハードコンタクトする意識を持って『質にこだわっていこう』という話をしています」と打力向上にも励んでいる。
そんななか、伊藤監督が「大学での実績を含めて、中心のバッターになるのでは」と期待を寄せているのが石飛智洋(天理大)だ。昨年の全日本大学選手権では大会タイ記録となる7打席連続安打を放っている。投手陣は指揮官が「長身から投げ下ろす140キロ中盤の真っすぐとフォークが持ち味の頭脳派投手」と評価する阿部克哉(城西大)をはじめとした7人が、横一線でエースの座を争う。今後は3月4日のオープン戦で初の対外試合に臨み、公式戦は同19日のJABA春季神奈川県企業大会に備える。都市対抗の西関東二次予選は6月30日に開幕する。「都市対抗予選までに、どれだけ中身の詰まったチームをつくれるか。小さな穴に飛び込んでいく準備をしていきたい」と伊藤監督。石毛主将は「チームができて2年目、3年目になったからといって本戦に出場できるとは限らないので、1年目の今季から本大会出場を狙いたい」と意気込む。
伊藤監督が「これから日産自動車の業績を復活させていくなかで、いろいろとチャレンジしていかなければいけないこともあるでしょうし、従業員の皆さまも苦労することが多いかと思います。そういったなかでフレッシュなメンバーで強豪を相手に戦っていくわれわれの姿を見ていただいて、会社を元気にしていければ。勝つことで皆さまの力にもなれると思います」と話す。会社と一体になって困難に立ち向かっていく日産自動車野球部。スローガンに「再翔 2025」を掲げ、胸のブルーバードが再び天高く翔び上がっていくことを期す。
【投打のキーマン1】阿部克哉 背番号18に見合う存在に

阿部克哉[投手][写真=矢野寿明]
「先輩がいないので、1年目から主体的にチームに関わっていけると思いました」と、入社の理由を明かした。投手陣のリーダーと言える副主将に就任し「人数は少ないですが、全員でしっかりと戦っていこうと声を掛け合っています。同世代だから遠慮なく話し合いができているので、チームはとてもまとまってきています」。この冬のテーマはストレート。「身長を生かして速球で押していく投球が持ち味なので、まずは、真っすぐを磨いています」。背番号は主戦を意味する『18』を着ける。「素晴らしい背番号に見合う投手になりたい。そのためにも、1年目から予選をしっかりと勝ち上がり、二大大会で活躍して、会社に貢献してからプロへ行きたい」と目標を定めている。
【投打のキーマン2】石飛智洋 ミート力に長けた巧打者

石飛智洋[外野手][写真=矢野寿明]
「復活1年目の日産自動車で都市対抗の本大会に出場できたらカッコいいですね」。昨年の全日本大学選手権では天理大を4強へ導き、大会タイの7打席連続安打で、特別賞を受賞した。
セールスポイントはボールをきっちりととらえる能力で「対応力の高さは変えることなく、社会人のレベルでも通用するようにしていきたい」と、フォロースルーをわずかに小さくしている。この冬は体づくりから始めた。チームの体制発表会では外野手兼内野手兼捕手と紹介された。「外野手をやりながら、息の長い選手になるために、一塁と三塁に初挑戦しています。捕手は大学2年の秋までやっていたのでブルペンで役に立てれば」とチームのために動き、2年後のプロ入りを目指す。
■日産自動車硬式野球部 2025年陣容 
※は主将