
文=大内隆雄
朝日新聞夕刊の
金田正一元
ロッテ監督への連続インタビューが、ちょっと前に終了したが、恐らく聞き手が若い記者だったのだろう、カネやんのノリがいまひとつだった。この人、ノリノリにさせないと、「俺は日本一の投手や!それ以外に言うことあるか!」で終わってしまう。これは筆者の経験でもあった。
昨年、必要があって話を聞いたとき、どうにも取りつく島もないので、「ヤンキースの
ビリー・マーチン、ミッキー・マントル、ヨギ・ベラらは、55年の日米野球で来日したとき、『カネダは日本のエンペラー(皇帝)だ。絶対に打ちのめす!』と意気込んでいたそうですよ」と話題を変えると、ガ然、ノリノリになった。「彼らはみ~んな親友や。エンペラーな、ウンウン」とそこから一気呵成にしゃべりにしゃべった。
監督時代もノリノリになってくると、面白いことをやってくれた。これは就任1年目の73年の1枚。パ・リーグはこの年から2シーズン制を採用したが、前期に金田ロッテは快進撃。4月20日から10連勝。1つ負けると、また6連勝。
65試合の短期決戦、「ひょっとすると」の期待を抱かせた。しかし、それまでの本拠地・東京球場が使えなくなったハンディは大きく、仙台を中心に日本中をアチコチの流浪のペナントレース。その間、南海、阪急がジワリ、ジワリ。やがて
野村克也監督率いる南海に抜かれてしまった。しかし、最後の力を振り絞って金田ロッテは反撃。
7月10日からの対日拓3連戦(神宮)で3連勝すればVというところまで来た。もちろん、カネやんはノリノリ。1戦目を
弘田澄男のサヨナラ打で勝利(5対4)。だから、11日の試合は、まるで「ピッチャー、俺!」の感じでマウンドにのぼり「こう投げるんや!」のパフォーマンス。神宮の5万3000人のファンは大喜びだった。ロッテは8対9で敗れVの夢は破れたが、この年、カネやん人気でロッテの観客動員数は何と3倍増(31万人→94万6500人)となった。