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母校にしか興味のないファンが多くなった神宮のネット裏だが、昔は違った。誰でも法大ファンかアンチ法大の「江川時代」

 

文=大内隆雄


 東京六大学野球が始まると、筆者はウキウキ、ワクワクとなる(もう第3週を終えましたが)。センバツ開幕でもプロ野球開幕でもこうはならない。とにかく、今秋のリーグ戦で100シーズン連続観戦となるのだから、骨がらみ(あまりいい表現ではありませんが)の六大学野球狂としか言いようがない。

 もう40年以上前だが、新聞社時代、そんな筆者でもその足元にも及ばないケモノ偏の先輩がいた。整理部長のNさんで、酒が入ると、六大学各校の校歌、塾歌、学生歌を朗々と歌い上げ、さらに各校の応援歌をも歌う(ワセダのOBだったから、母校の応援歌は3曲は歌う)。「あんなに酔っ払ってるのに、よく歌詞を忘れないなあ」と感嘆していると、最後の東大の応援歌を歌い終えると、ド〜ンと後ろに引っくり返って、そのままグー、グー。Nさんは早大だけでなく他校も大好きで、まんべんなく(?)応援して、別け隔てがない。昔は、こういう六大学野球ファンが多かった。

 最近は、母校が勝つことだけにしか興味がないファンが多くなり、負けが続くとすぐ監督批判。他校の試合になどまるで関心がなく、もちろん選手の名前も顔も知らない。これでは六大学野球の楽しさの半分も味わうことができないと思う。

 しかし、そんなファンでも、興味を持たざるをえない大学があった。それは江川卓投手が投げまくった法大である(1974年春〜77年秋)。江川見たさに、東大戦でも3万人ぐらい入った。江川はその東大戦で初敗戦、初被本塁打。「東大やるなあ」となって、神宮はますます盛り上がった。早大・斎藤佑樹投手(現日本ハム)の“佑ちゃんフィーバー”(2007年春〜10年秋)なんて、かわいいものだった。

 巨人に入ってからは“手抜き”とか“100球肩”とか言われたが、法大時代は違った。慶大戦では4連投もあった。上位打線と下位打線ではまるで投球が違ったのも“江川らしさ”だったが、とにかく力投に次ぐ力投。で、神宮はご覧のとおり(左端が江川)。ファンは勝ち負けより、この雰囲気を楽しむようになった。これが本来の六大学野球だと思うのだが……。
おんりい・いえすたでい

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過去の写真から野球の歴史を振り返る読み物。

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