「シュート打ちの名人」と呼ばれ、プロ野球初の300本塁打、
川上哲治に次ぐ史上2人目の2000本安打など1950年代から60年代の球界において一時代を築いた
山内一弘。オールスターゲームへの出場も19年間の現役生活で16回を数え、MVPに輝くこと3度、最高殊勲選手は2度受賞。「オールスター男」としてもその名をとどろかせ、自身も後年「私はオールスター戦で育った感が強い」と語っている。
当時、「山内は賞品がかかると強い」というのがもっぱらの評判で、堅実な私生活とからめて“がめつさ”を指摘する向きもあった。だが実際のところ、大舞台での山内の強さは欲望を断ち切ることから生まれたものだった。
球宴初出場はプロ入り3年目の54年。第1戦に一番打者として初回の打席に入ったときは、傍目にも分かるほど緊張で固まっていた・・・
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