
昨年11月、慶大環境情報学部のAO入試に合格。大阪桐蔭高の野球部から入部するのは、21年まで在籍した福井章吾[トヨタ自動車]以来である[写真=BBM]
研究テーマは「ミラクルの検証」
大阪桐蔭高では副将を務め、3年春のセンバツでは4年ぶり4度目の優勝に貢献した。主将・星子天真(青学大進学)を支え、チーム内でも模範的な存在だったのが
別所孝亮だ。1月21日の卒業式では答辞を務め、その人間性の高さが伝わってくる。
岐阜県出身。広陵中では学校評定オール5の秀才だった。高校進学に際しては、東京六大学の付属校も視野に入れていたが「甲子園で優勝したい」と、大阪桐蔭高を志望した背景がある。
「野球と勉強はつながっている。野球は、勉強以上に難しい。もっと複雑であり、状況判断も求められます。だからこそ、勉強も大切なんです」。まさしく、有言実行。努力を重ね、3年春のセンバツではエース番号1を着け、紫紺の大優勝旗を手にしている。
大学進学に際しては、2年生の11月、明治神宮大会後に西谷浩一監督との面談があり「東京六大学でプレーしたい」と、希望を伝えた。別所は野球部員が在籍する3類(体育・芸術コース)で、野球部では学年で1人だけ、4クラスあるうちで、成績が一番上のクラスに属した。かつては、同じ岐阜県出身の
根尾昂(
中日)も、同クラスに在籍していた。
「大学球界の最高峰。勉強も頑張ってきて、両立ができる」と慶大を志望した。10倍以上の難関・AO入試(一次は書類、二次は面接)を突破。同校野球部からの合格者は福井章吾(2018年から21年まで在籍、4年時は主将、現トヨタ自動車)以来だ。入試前もアドバイスを受けたという。
「面接では取り繕うことなく、今まで取り組んできたプロセスを話せばいい、と。誰よりも慶應に行きたいと伝えればいい、と言われました」
面接官に、情熱が届いたのである。
ウカウカできないムードづくり
別所は3年夏の高校野球引退後も週6日、練習を積んできた。1月29日に慶大に入寮。30、31日は準備期間だったが、別所は「体を動かしたいです」と30日から練習参加。しかも、2月1日以降は「1日も早く慣れたい」と、全体メニューに加わりたいとスタッフを通じて要望を出した。例年、1年生は約2週間、別メニューが組まれる。慶大・堀井哲也監督は故障防止のため、一度は容認しなかった。だが、再度、別所が直訴してきたため、その気持ちを買った。「ランニングでも引っ張っていた。2年生以上もウカウカできないムードになっている」(堀井監督)。別所は「(高校時代からの)下積みがあるので、その延長線上、応用すればいい。良い練習ができました」と、早くも貫録十分だ。2月末からの鹿児島遠征に参加し、メンバー争いが始まる。150キロ右腕は、1年春から神宮のマウンドで躍動する青写真を描く。
環境情報学部で研究したいのは「ミラクルの検証」だ。昨夏の甲子園は、下関国際高(山口)との準々決勝で敗退。先発の別所は5回途中で降板し、当時2年生左腕・
前田悠伍が1点リードの9回表に逆転を許した。7回裏の攻撃で、大阪桐蔭高は三重殺。最後の守りとなるはずだった9回表は場内が相手校への大声援と、異様なムードに包まれた。「あの負けを生かせたらいい」。別所は甲子園の屈辱を教訓とし、自身の成長につなげようと考えている。向上心旺盛。別所の前向きな姿勢が、慶大の雰囲気を変えていきそうな気がする。(取材・文=岡本朋祐)
PROFILE べっしょ・こうすけ●2004年5月18日生まれ。岐阜県出身。183cm84kg。右投右打。帷子小時代に岐阜東濃リトルで野球を始め、四番・投手兼捕手で全国大会8強。広陵中では岐阜中濃ボーイズで四番・投手兼外野手で全国4強、NOMOジャパンでプレー。大阪桐蔭高では1年秋からベンチ入りし、2年春のセンバツ出場。2年秋から背番号1を着け、3年春のセンバツ優勝。背番号10の夏の甲子園では8強。秋の栃木国体で優勝。最速150キロ。変化球はカーブ、スライダー、フォーク。好きな選手はエンゼルス・
大谷翔平。