
伊藤監督は現場に復帰して3年目。かつては木村元監督とチーム改革に着手してきた[写真=川口洋邦]
2014年から16年まで指揮を執った伊藤大造監督(近大)が、社業を経て再び日本製紙石巻の監督となったのが24年のこと。今年で監督通算6年目のシーズンを迎えている。現役時代は、静岡県富士市に本拠地を置いて3度の都市対抗優勝を誇るなど、名門として名を馳せた大昭和製紙でプレー。09年からの5年間は、監督である木村泰雄氏(現立大監督)の下でコーチとして日本製紙石巻の礎を築いた伊藤監督は、チームの歩みをこう振り返るのだ。
「(1986年創部の)日本製紙石巻は09年まで一度も都市対抗に出場していなかった。野球部を存続するのかどうか。そういう中で、チームを立て直すために、木村監督をはじめとするスタッフ陣が呼ばれた形でした。日本製紙と大昭和製紙が統合した流れで、(大昭和製紙の)経験者たちが石巻に集まりました」
チーム改革は瞬く間に実を結び、10年に都市対抗初出場。東北地区に甚大な被害をもたらした11年の東日本大震災を乗り越えて、13年の都市対抗ではベスト8。地域に根ざし、地元・石巻市の復興のシンボルともなっていったチームは、その後も確かな実績を残してきた。
「日本製紙の石巻工場は、グループの基幹工場の一つです。石巻工場もそうですし、日本製紙グループを盛り上げる意義も持ちながら、我々は野球をやらせてもらっています。そして、石巻市、もっと言えば東北地区に元気を与えるという意味でも、我々は地域交流をすごく意識させてもらっています。震災から今年で15年目となりますが、地元の石巻市は震災復興に向けて、これまで地道に歩んできました。その中で、オフシーズンには地域の小学校に行って見守りあいさつ運動をさせてもらったり、長縄大会に選手が参加したり、そして地域の野球教室を行なったり。我々としても地域交流を深めながら活動させてもらっています」
逆に地域の声に励まされることがあるという。「頑張ってください」。その言葉に「元気をもらっています」と語る伊藤監督は言葉をつけ加える。
「24年の都市対抗出場時も地元の小学校の児童から寄せ書きをいただいて、東京ドームで試合をさせてもらいました」
もう一皮むける覚悟
宮城県石巻市は、もともと野球が盛んな土地柄だ。地域から応援されるチームであり続けるためにも「我々は強くならないといけない。全国で勝つためにも、チームとしてもう一皮むけなければいけない」と伊藤監督は言う。今年3月のJABA東京スポニチ大会ではリーグ戦3連敗を喫して決勝トーナメント進出を逃した。
「東京ドーム(都市対抗)、京セラドーム(日本選手権)につなげるためには、JABA大会でも勝利を積み重ねていかないといけない」
全体のレベルアップを図るために、今は年間100試合、打者は200打席以上、投手は先発なら120イニング以上という目標を掲げている。
その取り組みを、いかに結果に結びつけられるか。6人のルーキーを加えた日本製紙石巻は、地域の後押しも受けながら、今年は2年ぶり7回目の都市対抗出場を狙う。(取材・文=佐々木亨)