ヤクルトでもがき苦しむも、人としての成長を実感した3年間。コーチ兼任で選手と切磋琢磨誓う。 リポート=岡田浩人 
激励会であいさつする信濃・松井。NPBでの経験をチームに注ぐ
天国も地獄も見た3年間
勝負強い打撃が武器の、頼もしい捕手が信濃に帰ってきた。
2月28日、長野市のホテルで開かれたチームの激励会で、コーチ兼任選手として
松井聖の就任が発表されると、ひと際大きな拍手が送られた。
「今年こそ独立リーグ日本一になって、
柳沢裕一監督を日本一の監督にして胴上げしたい」
2019年から2年間、信濃でプレー。強打の捕手として2年連続の地区優勝に大きく貢献し、20年秋のドラフト会議でヤクルトから育成3位で指名を受けて入団した。
入団1年目の3月、イースタン・リーグの開幕戦となる
巨人戦で逆転満塁本塁打を放って華々しいプロデビューを果たした。
「最初にインパクトを残すことができたのですが……」
ところが本塁打を放った次の回の守備の際、フェンスに激突し右足の腓骨を骨折するケガをしてしまう。手術を経て復帰まで4カ月かかった。
2年目の22年は「打撃でアピールできた」と振り返る。イースタンで6本塁打。さらに秋のフェ
ニックス・リーグでは
DeNA戦で1試合3本塁打をマークするなど計5本塁打を放ち、「自信になりました。3年目が勝負だと思いました」と振り返る。
柳沢監督を日本一に
迎えた昨季、一軍のオープン戦に出場するなど手応えを感じて迎えたシーズンだった。特に6月後半から打撃が上り調子となり、「守備にも自信がつき、このまま行けば7月末までに支配下昇格の可能性もある、と思ったときでした」。打席で死球を受け、指を骨折。育成3年目、28歳の松井はオフに非情な現実を突きつけられた。
「戦力外を言われたとき、覚悟はしていました。アピールした直後にケガをしてしまった。よく言われる『持っている、持っていない』というのはプロの世界では重要で、そこが自分にはありませんでした。ただ自分の中ではやり切ったという感覚がありました」
その際、信濃・柳沢監督から連絡があり、「また一緒にやろう」と言われた。
「24年も監督を続けられるとのことだったので『ぜひ監督のそばで野球をやらせてください』と言いました。信濃に在籍した2年間、日本一を獲ることができなかったので、監督のために日本一を獲りたいと思いました」
捕手として現役でプレーを続けるほか、バッテリーと打撃のコーチとして若い選手を指導する。
「信濃時代には持っていなかった引き出しをヤクルトで教えてもらいました。若い選手たちにはそのことを伝えたいです。独立リーグは最終的には自分がやらなければ誰も助けてくれない。背中は押すつもりですが、お互い切磋琢磨できればと思います」
4年ぶりの信濃復帰で「選手として、人としてひと回りもふた回りも大きくなったと言われたい」と話す松井。新たな挑戦へ真っすぐ前を見つめている。
PROFILE まつい・しょう●1995年5月29日生まれ。175cm80kg。右投左打。愛知県名古屋市出身。東邦高、中部大中退。四国IL/香川で2年間のプレーを経て、2019年から2年間、信濃で正捕手として活躍。20年秋のドラフト会議で育成3位でヤクルトから指名を受けて入団。3年間でイースタン・リーグ198試合に出場、12本塁打、83打点をマーク。今季は4年ぶりに信濃に復帰し、バッテリー・打撃コーチを兼任する。