
プロ注目の松井[桐光学園高]の雄姿が甲子園で見られないのは残念だが、今年も朝からクギ付けとなる夏が始まる/写真=田中慎一郎
夏の甲子園大会の開幕である。しばらくの間、また朝からテレビの前に座る日が続きそうだ。
大会の目玉になると思われた桐光学園高の
松井裕樹投手が神奈川県大会で敗れたのが残念だ。たまたまテレビで見ていた。ウワサどおり、力のある投手だ。スライダーが右打者のふところに食い込んでくる。高校生では打つのは難しいだろう。あれだけのキレがあれば、打者はボール球でも振ってしまう。ただ、どうも左打者にはタイミングが合うような感じだ。特にストレートのときには。逆転2ランもタイミングがピタリと合った。スライダーも大きく変化するから、左打者には投げにくいのかもしれない。
それにしても、強豪の横浜高を3点に抑えながら、ソロホーマーと2ランだけで敗れるとは……。同じような経験をした身にとっては、号泣するほど悔しい気持ちはよく分かる。
高校時代、一般の生徒のような夏休みの楽しい思い出など何もなかった。夏の甲子園大会には甲府商高1年生のときに出ただけだ。当時は山梨県と埼玉県で西関東地区代表の座をかけて争っていたが、その年は45回大会の記念大会で、1県1校が出場。山梨県大会を勝ち抜いた我が校が、甲子園への切符を手にした。
しかし、「甲子園への切符」と書いたのは間違いで、実際は参加校が多くて、我々のゲームは西宮球場で行われた。佐賀県代表の武雄高、宮崎県代表の宮崎商高に勝って、あと1つ勝てば甲子園で試合をできたのだが、その年に全国制覇した大阪府代表の明星高に敗れ、甲子園の土を踏むことはできなかった。0対11という大敗で、スタメンでセンターを守っていた私は守備位置とマウンドを2往復もした。2年先輩の
大石勝彦さんと2人で16安打も打たれる惨状だった。それでも甲子園を去るときには「また、いつでも来られるな」と思ったものだ。
しかし、甲子園はそう簡単に来られる場所ではなかった。2年生、3年生の夏、ともに西関東大会には進出したものの、2年の夏は決勝で埼玉県代表の熊谷商高を3安打に抑えながら、我が校も3本しかヒットを打てず、0対1で完封負け。3年の夏は松井君と同じ目にあった。県大会を勝ち上がって、西関東大会の準決勝、相手は昨年敗れた因縁の熊谷商高。私は2安打に抑えた。ところがその2本のヒットがともにソロホームラン。1対2で敗れて、ついに甲子園の土を踏むことはできなかった。今でも、この季節が来るたびに、あのときの悔しさがよみがえってくる。松井君には、だから同情を禁じ得ないのである。
松井君と並び称される済美高の157キロ右腕、
安樂智大投手が甲子園に帰って来た。本大会で160キロを出せるか、大いに注目したい。彼はセンバツ大会で3日連続登板を含め、5試合で772球を投げて話題になった。そのこととは関係がないようだが、今大会から準々決勝と準決勝の間に1日の休養日が取られるようになった。大変結構なことだ。彼らには高校以降も次のステップがある。将来、日本球界の宝になるような人材を、酷使によって壊さないでもらいたい。それは、私だけではなく、日本の野球ファンの共通の思いだろう。