
金メダルに輝いたソフトボール日本代表の上野[左]、宇津木麗華監督[写真=Getty Images]
東京五輪で野球日本代表は2連勝を果たしてグループステージを1位通過したが、これは当然の結果だろう。日本球界のトップが集まった日本代表は現役メジャー・リーガーなどが参戦していない他国と比較すると実力は図抜けている。初戦のドミニカ共和国戦は9回裏に2点差を逆転するサヨナラ勝利だったが、これは国際大会独特の緊張感から、選手の動きが硬かったのが原因。例えばクローザーの
栗林良吏(
広島)はドミニカ共和国戦では2安打1失点。腕がしっかり振れていない印象があったが、続くメキシコ戦では9回を3者凡退と本来の姿に戻っていた。
そのメキシコとの戦いでは緊張感からか、先発の
森下暢仁(広島)は先頭打者に安打を許し、暴投で二塁に進まれ、三番打者に先制打を浴びた。しかし、心配することはまったくなかった。相手マウンドに上がっていたのはとても日本のプロ野球では一軍に残れないような投手ばかりだったからだ。2回に
浅村栄斗(
楽天)が右前打で出塁すると一死後、
菊池涼介(広島)が左前にはじき返して一、二塁。二死後、
甲斐拓也(
ソフトバンク)が二遊間を破ってすかさず同点とした。3回に勝ち越すと4回には
山田哲人(
ヤクルト)が3ラン、7回には
坂本勇人(
巨人)がソロ。8回にも山田の中前適時打が飛び出し、7対4と快勝した。
野球日本代表はかなり高い確率で決勝には進むと思うが、“負けられない一戦”となったときに、どれだけチームが一つになるかがカギを握るだろう。そこで参考にしてもらいたいにはソフトボール日本代表だ。
7月27日、アメリカ代表との決勝戦に臨んだソフトボール日本代表。先発した“レジェンド”上野由岐子は5回まで無失点と気迫のピッチング。6回、先頭打者・モールトリーに安打を許したところで上野に代わって、後
藤希友がマウンドへ。20歳の左腕はマクレニーを空振り三振に仕留めたが、リードには二遊間を破られ一死一、二塁のピンチ。得点は2対0とリードしているが、是が非でも切り抜けたいところ。ここで、チデスターが強烈な打球を三塁へ放つ。サードの山本優ははじいてしまったが、ショートの渥美万奈が目いっぱい腕を伸ばしてダイレクトキャッチ。そのままジャンピングスローで二塁へ送球し、併殺を完成させた。本当に素晴らしいプレーだったが、ショートが「自分が絶対に捕る!」という集中力がなければできなかったスーパープレーだ。
打線も例えば走者が二塁にいると、なんとしてでもバットに当てて三塁へ進めようという執念が感じられた。とにかく何事も徹底しているのだ。最終回はリリーフで投げ続けていた後藤が顔面蒼白でいっぱいいっぱいだったということで、リエントリー(再出場)で上野がマウンドに上がった。経験豊富なベテランは四番から始まる相手打線を3人で締め、13年ぶりにソフトボールが復活した舞台で再び金メダルに輝いた。
とにかくソフトボール日本代表は選手、ベンチ、首脳陣が一体となって戦いを繰り広げていた。プレーでは泥臭さを超えて、とにかく勝利に対する並々ならぬ思いがにじみ出ていた。野球日本代表も“心”の部分で油断さえなければ、必ずや金メダルをつかみ取るはずだ。
PROFILE 伊原春樹/いはら・はるき●1949年1月18日生まれ。広島県出身。北川工高(現・府中東高)から芝浦工大を経て、71年ドラフト2位で西鉄入団。76年巨人に移籍し、78年古巣ライオンズに復帰して80年限りで現役引退。通算成績は450試合出場、打率.241、12本塁打、58打点。81〜99年に
西武で守備走塁コーチを務め、西武黄金時代の名三塁コーチとして高い評価を受ける。2000年
阪神コーチ、01年西武コーチから02〜03年西武監督、04年
オリックス監督を歴任。07〜10年巨人ヘッドコーチを務め、14年は西武監督。現在は野球解説者として活躍している。