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野村克也の本格野球論

野村克也が語る「名内野手」

 

グラブの扱い方から木塚さんは違った


 今週号の特集に絡み、編集者から「今まで見てきた中で、一番守備がうまいと思った内野手は誰ですか」と尋ねられた。なにぶん60年もこの世界にいるものだから、なかなか1人には絞りづらい。

 私がプロ野球界に入ったころは、例えば今内野で一番「カッコいい」と言われているショートなら、パ・リーグに木塚忠助(南海ほか)さん、セ・リーグに吉田義男(阪神)さんと、それぞれリーグを代表する選手がいた。どちらがうまいか、当時よく話題になっており、われわれ選手の意見も木塚派と吉田派に分かれていた。

 吉田さんは派手で、見栄えも素人ウケもダントツだった。その後、セでは広岡達朗(巨人)さんが出てきたが、広岡さんはどちらかと言えば堅実型だった。

 吉田さんのすごさはボールをグラブで受けてから、投げるほうの手にいつ移ったかが分からないぐらいの速さだったこと。『牛若丸』と呼ばれていたが、そこはまるで手品師のようだった。グラブでボールを掴むのではなく、当てるような感じだから、速い。それを、みんなマネしてやり出した。

 木塚さんは派手さこそないが、見ていて「うまいなあ」というイメージだ。私はやはり、この“木塚派”だった。職人的な気質も木塚さんからは大いに感じられた。木塚さんはグラブをベンチの椅子の上に置くとき、いつも指先のほうを下にして立てていた。あるとき、新聞記者が木塚さんのグラブを使って、キャッチボールを始めた。それを見た木塚さんの怒ったのなんの。

「俺の商売道具を勝手に使いやがって!」

 ふだんおとなしい人だけに、多分に迫力があった。それぐらい、グラブを大事にしていたのだ。磨いて、磨いて使っていた。面白いのは、グラブの先に鉛を入れていたところだ。グラブが地面に着くように、と言っていた。グラブの先を下から上に、という狙いがあったのだろう。

 私など、キャッチャーミットに関しては木塚さんほどのプロ意識がなかった。「ミット貸して」と言われれば、「ほい」と言って貸してしまう。しかし、二軍の安月給のころは、用具を手に入れるのも大変だった・・・

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勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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