千葉の強豪・中央学院高を指揮する相馬幸樹監督は社会人・シダックス時代に、野村克也監督の薫陶を受けた。高校の指導現場にも球児に「考える野球」を落とし込み、150キロ右腕を育成している。 取材・文・写真=高木遊 
高校卒業後の進路はプロを見据える。その表情からは、自信がみなぎっている
今春の千葉大会3回戦(対幕張総合高)で、千葉県野球場のネット裏がどよめいた。
細谷怜央が最速150キロを記録。センバツ甲子園でも計測されなかった数字に一躍、注目度が上がった。視察したNPBスカウトは「馬力があって、伸びしろが大きい」「粗削りだが、リリースの強さがある」と将来性を高く評価していた。
千葉県我孫子市にある中央学院高。かつては
古城茂幸(
巨人二軍野手総合コーチ)ら3人をNPBに送り出したが、激戦区・千葉にあって、甲子園は遠かった。だが、相馬幸樹監督が2007年に同校の監督に就任すると、着実にステップアップ。相馬監督は市船橋高、大体大、シダックスで投手としてプレーし、大学院修士課程でスポーツ心理学を専攻した理論派である。18年春に初の甲子園へ導くと、同夏を連続出場へと導いた。
相馬監督はシダックス時代に野村克也監督から「投球におけるコントロールというのは、気持ちのコントロール」と学んだ。例えば、ブルペンでもその場に来てからフォームをあれこれ悩むのでは遅い。プレートを踏むまでに準備を想定して投げることで、収穫や課題が見つかる、という指導だ。この“ノムラの教え”は細谷にも受け継がれている。「考え方の部分で大人にならなければ、試合や上のステージで通用しない」。相馬監督から常々言われていることであり、細谷も日ごろからの意識づけを重要視している。
「イメージを大切にして取り組んでいます。練習から試合を意識していますし、トレーニングをする際も、どういう部分の筋肉に効いているのかを考えながら取り組んでいます」
指揮官がプレッシャーを感じるほどの潜在能力
生まれ持った高いポテンシャルに、深い思考も備わったことが急成長の要因だ。中学時代は千葉緑シニアでプレー。小学校6年時にサッカーで遊んでいた際のスネのケガが長引き、1年夏までは思うように野球ができなかった。「下半身に負担のかからない体の使い方を学んで、足に負担をかけないようにすると、上半身も連動して付いてくるようになりました」と、ケガの功名で、メキメキと成長した。全国大会出場こそなかったが、シニア日本代表に選出され、全米選手権に出場。
市川祐(関東一高)らとともに優勝を果たすなど、県内外に知られた存在となった。練習の雰囲気の良さに惹かれ、中央学院高に進むと決めたころにはすでに、最速140キロをマークしていた。
細谷の能力に、相馬監督も舌を巻く。
「ポテンシャルは僕がこの高校に来てからはNo.1だと思います。入学時から150キロは狙えると思いましたし、いずれ155キロまでいけると感じるほど。(預かることになり)僕としては、結構なプレッシャーを感じるほどでした」
もちろん、すべてが順風満帆だったわけではない。昨春の緊急事態宣言を受けて、部活動が停止。本来ならば、実戦の中で経験値を高めていくはずだったが、その期間にやや足踏みをし、成長がもうひとつだった。千葉県高野連主催の夏の独自大会は3年生に混ざってメンバー入りしたが、地区予選決勝(県16強)の八千代松陰戦で7回途中から登板するも、安打とストレートの四球で1アウトも取れずに降板。チームも延長11回の激闘の末に10対11で敗れた。「準備不足でした」と今でも悔しそうに振り返る。昨秋は千葉英和高との2回戦で8回まで無安打投球を続けるも、9回の先頭打者に初安打を許したところで降板。切磋琢磨を続けてきた同期右腕・飯尾嶺にマウンドを託すも1対2と逆転負けを喫し、早々とセンバツは事実上絶望的。細谷の投球内容自体は悪いものではなかったが、当時の球速は145キロと目立つものではなかった。
自らで課題を出し克服して成長する
冬場はトレーニングやフォームなど、あらゆる取り組みを見直した。特にフォームは体が前に突っ込みがちだったが、体を後ろに残す意識で投げた。指先の感覚も、より意識して投げるよう改善。「それまでは自分の力で投げている感覚がしなかったのですが、今は自分の体の中から生まれる力で投げられているような気がしています」と効果はてきめんだった。
今春の県大会は、主に中継ぎで登板した。大会前に右肩が本調子ではない時期があったことや、球速と筋力が上がってきている中で、故障を回避する目的があった。自己最速を1キロ更新する150キロをマークした幕張総合高との3回戦では、6回途中から2番手で救援。3回1/3を投げ無失点で、4奪三振に封じている。今春は準々決勝で、初優勝を遂げた千葉学芸高に敗退(1対8)。最後の夏へは「先発して完投できる体力と考え方を夏までに身に付けていきたいです」と、エースとしての役割をまっとうすることを誓う。

今春の千葉県大会で150キロを計測。夏へ向けてはさらに、調子を上げてくるはず[写真=大賀章好]
「結果が一流になるためには、プロセスが一流になる必要がある」
細谷は相馬監督からもらった言葉を大切にしている。細谷にとってそのプロセスは「球速が上がっていなかったときに、どうしてそうなっているのかなどを考え、課題として挙がったのが、柔軟性や筋力を高めていくことでした」と振り返る。柔軟性を高めるトレーニングを継続。結果的にケガをしにくくなり、低めのボールの球の伸びや球持ちが変わったという。
「球速以上の速さを感じる球を投げられるようになりました」。手応えは自信につながった。高校卒業後の進路は、プロ志望を第一に考えている。「課題を克服し、夏の千葉大会に勝って甲子園に行きたいです」と、まずは貪欲に自身初となる全国舞台へ進出することを目指す。そして、いつの日か「誰もが知っているような選手になりたいです」と夢を語る。
相馬監督は今後の細谷について「自己分析など、野球への向き合い方が、仕事としてできるかどうかでしょうね」と将来性を語る。知将の下で育んだ思考力を武器に、細谷はさらなる高みを目指す。
PROFILE ほそや・りょお●2003年8月11日生まれ。千葉県東金市出身。182cm85kg。右投右打。城西小1年時に城西クラブで野球を始める。東金市立西中時代は千葉緑シニアに所属しシニア日本代表でプレー。中央学院高では1年春からベンチ入り。最速150キロ。変化球はカーブ、スライダー、チェンジアップ、フォーク。