このオフ、FA権取得や自由契約などで、慣れ親しんだ球団との関係を見つめ直し、決断を下した選手たちの裏側に迫る不定期連載がスタート。その先陣を切るのは、昨年に国内、今年は海外FA権を得ながらも宣言せず、ロッテ残留を決意した今江敏晃だ。“ミスターロッテ”と呼ぶ声もあるスター選手が貫いた決意とは―。 文=重光晋太郎(スポーツニッポン) 写真=BBM 背中を押した伊東監督の言葉 最後はチームへの「愛」を貫いた。海外FA権を行使せずにロッテへの残留を表明した今江敏晃。悩みに悩んだ末、理想としていた結論を導き出した。
10月21日、
楽天とのCSファイナルシリーズ第4戦(Kスタ宮城)に敗れ、四番としてチームをけん引した今季の長い戦いが終わった。失意の中、Kスタ宮城で今江は報道陣にFA権について「ロッテに育ててもらった。ロッテにいるのが一番いい。ゆっくり考えたい」と話した。
国内権FAを取得した昨季は打率.253、6本塁打、47打点という成績だった。チームも5位に沈み、悔しさだけが残った。
「プロ野球選手として、ほかの球団の評価を聞いてみたい思いはある」との考えもあったが、「そんなことを言える成績でもなかった」。
今季は
伊東勤監督に四番に抜てきされ、打率.325、10本塁打、74打点の好成績を残し、チーム3年ぶりのAクラス入りとCSファイナルシリーズ進出の原動力となった。納得のできる成績を残せたことで、1年前に抱いていた「他球団の評価を聞いてみたい」という思いが再び込み上げてきたのだ。

▲リーグ2位の高打率を残したバッティングだけでなく、守備でも存在感が際立った。守備率.9693は三塁手リーグトップ
仙台から帰京後は、家族にも相談しながら、自分にとってベストな選択は何かということを考え続けていた。基本路線はもちろん、残留。その悩みを解き放ってくれたのが伊東監督だった。
10月28日。チームは7日ぶりにQVCマリンに集合した。その際、指揮官から直接、残留要請を受けた。「FAらしいな。残って一緒にやろう」。短い言葉ではあったが、気持ちが一気に残留へと傾いていくことを自分でも感じた。

▲FA宣言か、行使せずに残留か。決断の後押しをしてくれたのは伊東監督(左)の一言だった
残留決意と新たな目標 翌日には都内のレストランで林信平球団本部長から残留要請を受けた。この時点で今江は「ロッテに気持ちよく残れるのが一番。残れるように話がまとまればいい。ただ、他球団の評価を聞きたいというのも多少なりともある」と話すにとどめ、答えを出しかねていた。
5日の残留交渉では条件提示も受け「十分に評価していただいた。必要とされていることが伝わった」と今江。具体的な条件は明らかになっていないが、関係者の話を総合すると、2年の複数年で総額4億を提示されたと見られる。
単年で年俸2億円は、ロッテの日本人野手では球団史上最高年俸だ。現場のトップから戦力として必要とされ、球団からも条件という形で高く評価されていることが伝わった。これで迷いは一切なくなった。答えは「残留」だった。11月9日、秋季キャンプ地の千葉県鴨川市で正式な残留表明を行った。
「残ることに決めました。悩みましたが、じっくりと考えて出した結論です。球団から“力が必要だ“と言ってもらえた。監督の言葉も本当にうれしかった。自分はロッテに育ててもらった。ほかのユニフォームを着るイメージができなかった」
新たな目標もできた。プロ入りしてから12年。05年、10年と2度の日本一を経験した。だが、リーグ1位の美酒はまだ味わったことがない。
「やっぱり、リーグ優勝したい。日本一のロッテファンの前で伊東監督を胴上げしたいんです」。ロッテを支えてきた先輩たちが今季限りでユニフォームを脱ぐ。
「一緒に日本一になった薮田(安彦)さんや(小野)晋吾さんが引退する。(渡辺)
俊介さんもチームを去る。すごく寂しい気持ちはあるけど、これからは自分がチームを引っ張っていく存在にならないといけないですね」。
指揮官も「今江はロッテの幹部候補生だからな」と、チームの“顔”として期待を寄せている。
今年8月26日に30歳になった。「30代っすよ。なんか変な感じです」と笑うが、選手として今がもっとも脂が乗っている時期だ。生え抜きの「背番号8」には、やはりロッテのユニフォームが似合う。
PROFILE いまえ・としあき●1983年8月26日生まれ。京都府出身。180cm89kg。右投右打。PL高から02年ドラフト3巡目でロッテに入団。同年に一軍デビューを果たす。05、10年の日本シリーズは高打率でチームを日本一に導き、日本シリーズMVPを獲得。今年4月25日に海外FA権を取得したが、宣言せずに残留。今季成績は打率.325、10本塁打、74打点。