高校3年間の公式戦出場は、代打での1打席、わずか1球。全国では無名だったドラフト4位右腕は、重圧と戦いながらセーブを積み重ね、通算250セーブ、800試合登板を達成した。家族に支えられ、千葉のレジェンドとなった益田直也の足跡をたどる。 文=梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報室長) 写真=戸加里真司 
ロッテ・益田直也[投手]
最後の3アウトの重圧
映画を楽しんでいるときですら、ストッパーというポジションについて考えることがある。マリーンズの守護神として通算250セーブの大偉業を達成した益田直也は、抑えの仕事は映画のラストシーンに似ていると表現する。
「どんなに面白くても、最後のシーンがダメなら、映画全体の印象が落ちる。つまらなかったとなりかねない。だから映画のラストシーンとストッパーは重なるところがある。みんなでつないできたものが、最後に打たれたら消えてしまうわけですから。全部が崩れてしまう。ボクが映画を見ていると、職業病なのか、そういうことを考えてしまうのですよ」と、試合後のロッカーで笑いながら話していたことがあった。
本来は野球を忘れるために映画を見ているはずなのに、そのような気持ちになる。それだけでも、ストッパーというポジションがメンタル的にどれほどつらいかがうかがい知れる話だ。誰もが娯楽として映画を見ているときに、仕事を思い出し、そんな追い込まれたような心境にはなかなかたどり着かない。
「たったの3アウト。1試合9イニングの27アウト中、3アウトです。見ている人は簡単に思うかもしれない。抑えて当たり前と思われるかもしれない。でも、その3つが難しい」と、益田はいつもしみじみと言う。
勝ち投手の権利。勝ち越しに導いた打者たち。リードを守ったブルペン陣。ファインプレーもあっただろう。さまざまなものが積み重なり、雰囲気は最高潮に達した中で、最後のマウンドへと向かう。つながれた思い。勝利を願うスタンドのファン。願いながらテレビで見ている人たちもいる。そのすべてがラストマウンドに注ぎ込まれている。
「7回とか8回だと、まだ味方の攻撃もありますしね。最後はビジターだとサヨナラ負けになってしまう。それで終わり。つないできたものがすべて消えてしまう」 そんな修羅の道を1人で歩みながら、益田はセーブを記録し続けた。そして2026年8月4日、本拠地・ZOZOマリンスタジアムでのライオンズ戦で、ついに史上5人目の通算250セーブにたどり着いた。紆余曲折の日々。益田の脳裏によみがえるのは、セーブに成功した試合よりも失敗した試合ばかりだ。
「いろいろありますよね。17年でしたかね。こどもの日に2点リードでA.デスパイネに同点2ランを打たれて、上林(上林誠知、現中日)に勝ち越しソロを打たれて負けた試合(5月5日、ホークス戦=ZOZOマリン)とか。13年、井口(井口資仁)さんが日米通算2000安打を達成した試合(7月26日、イーグルス戦=Kスタ宮城)でのセーブ失敗とか。バファローズと優勝争いをしていた21年にT-岡田さんに打たれた逆転3ラン(9月30日、バファローズ戦=ZOZOマリン)とか。ボクもそうですけど、見てくれている人も、セーブ成功より打たれたほうを覚えているのではないですかね」と、自虐的に思い返す。
誇れる偉業を達成しても、ストッパーは満足感に包まれることより、昔の傷のほうが痛む。時間が痛みを消し去り、癒やしてくれるのではない。大変な役割だ。
「難しいけど、抑えて当たり前と思われる。そこがまたつらい部分でもある。ただ一つ言えるのは、難しくて大変だけど、やりがいがある」と語気を強める。
そして・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン