
連打で得点できる阪神打線は、今年もセ・リーグで頭一つ抜けているやろな、と感じている[写真=宮原和也]
日本代表のメジャー組のすごさ 吉田の四番の心強さはすごいな
WBCが盛り上がっている。これを書いている時点で侍ジャパンは東京ラウンドを4連勝。すでに決戦の舞台、アメリカに乗り込んでいる。ここからは負ければ終わりの一発勝負。果たして「連覇」なるか。このコラムを読んでいるときには、決勝くらいだとは思う。この先、強豪チームとの戦いに、日本中が期待し、沸き返る。その期待に応えるだけの力が、侍ジャパンにはある。
ここまでの戦いでやはりメジャー組の打者の活躍が強く印象に残った。大谷(
大谷翔平=ドジャース)、
鈴木誠也(カブス)はさすがだし、オレ的には
吉田正尚(レッドソックス)やな。ここぞの場面で結果を出す。前回大会同様、チームのピンチを救う思い切りのいいバッティングは特筆ものよ。こういうバッターが四番にいる。何とも心強い存在なんよね。
東京ラウンドの2試合、オレは大阪の商業施設でのパブリックビューイングの解説に呼ばれた。会場は満員。すごい熱気で関心のすごさを実感したね。こういった野球への熱はWBCのあとのペナントレースにも引き継いでもらいたいものです。
ということで今週はあえてWBCを離れ、日本のペナントレースについて書いていくことにした。特に阪神を脅かす存在に「
巨人」はなるのかどうか。3月8日、甲子園で行われた阪神対巨人のオープン戦、オレはテレビ解説でゲームを追った。
今年の巨人には本塁打を打てる打者が見つからない
オレにとっての巨人はやはり永遠のライバルで、ここに勝たなければ優勝はできない。そんな存在やった。ただね、その当時と比べ、巨人のチーム形態は大きく様変わりしている。特に今シーズンよ。巨人はどう戦っていくのか。それを考えさせられるオープン戦になったのだ。
たった1人、欠けることになっただけで、正直、チーム力はガクンと落ちた。そういう印象を持ったわ。メジャーに行った岡本(
岡本和真)のことだが、不動の四番が抜けて、ホンマ、その穴は想像以上のものになっている。昨シーズンがその好例やろな。前半戦で三冠王も狙える数字を残し、チームも首位やった巨人にアクシデントが襲った。岡本の故障離脱。これでチームは降下していった。
そんな背景があるから今年はどうチームをつくっているのか。それを注目していたが、先発メンバーを見て、申し訳ないけど、これは厳しい……となったな。まずホームランを打てるバッターがいない。新外国人で四番候補のバッターも「?」だし、こうなれば攻め方を変えていくしかない。この試合でも足を絡めた攻撃を繰り出していたけど、破壊力がないからの戦略やしね。

巨人の新助っ人で阪神とのオープン戦で四番に入ったB.ダルベックもピンとこなかったわ。今年の巨人も厳しい戦いが待ってそうや[写真=佐藤真一]
評論家の目で採点すると巨人はAクラスも……
本拠地が東京ドームで、狭い球場の特性を生かした戦い方がこれまでの巨人の持ち味やった。東京ドームで守り勝つというのは、そら大変よ。チーム戦力とマッチしていないところに、巨人の苦しさが浮き彫りになっている、とオレは感じている。
逆に阪神は実にバランスが取れた戦いができる。四番の佐藤輝(
佐藤輝明)は40本塁打を記録。そういうバッターがいて、連打で得点できるつながりがあり、原点である守りからの野球がリーグで際立っている。これは今シーズンも同様で、隙のない野球を続ければ、「連覇」の可能性は「99%」とオレは見ている。残り「1%」は過信。あらためて巨人の状況を見て、阪神の連覇の確率の高さを実感したね。

石井が離脱しても十分な投手力を持つ阪神よ。守りもいいだけに藤川監督も、計算して采配ができそうや[写真=宮原和也]
いつも言われていることだが、阪神と巨人が競り合ってこそ面白い……ペナントレースになるのだが、ひいき目なしにかなりの差があると言わざるを得ない。(阪神の)球団のオーナー付顧問という立場ではなく、評論家としての目線であえて言うと、巨人はAクラスも危うい。
それくらいの力になっている。だからこそ「救世主」の出現が望まれるが……。たった1試合の直接対戦(試合は巨人が勝った)で、勢力図がはっきりしたと思えたわ。(阪神タイガースオーナー付顧問)
PROFILE 岡田彰布/おかだ・あきのぶ●1957年11月25日生まれ。大阪府出身。北陽高では1年夏の甲子園に出場し、早大では東京六大学リーグ歴代1位の打率(.379)と打点(81)をマーク。80年ドラフト1位で阪神に入団。1年目からレギュラーとして新人王を獲得。21年ぶりのリーグ優勝、日本一を達成した85年は五番打者としてベストナイン、ゴールデン・グラブ賞。94年に
オリックスへ移籍し、95年限りで現役引退。通算1639試合、打率.277、247本塁打、836打点。オリックスで2年間指導の後、98年に阪神復帰。二軍監督などを経て、04年から08年まで監督を務め、05年はリーグ優勝に導いた。10年から12年はオリックス監督。22年秋に15年ぶりに阪神の監督に復帰。23年は18年ぶりにリーグ優勝&38年ぶり2度目の日本一に導いた。24年は惜しくもリーグ2位で終わり、契約満了で退任。オーナー付顧問に就任した。