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デーブ大久保コラム

巨人時代の宮崎キャンプは途中から自腹で1人部屋にしてもらっていました

 

初めての巨人キャンプは長嶋さんの現場[監督]復帰で大盛り上がり。そのフィーバーぶりはすごかったです/写真=BBM


 プロ8年目、1992年シーズン途中で巨人にトレード移籍したので、巨人での初キャンプは93年。この年は、長嶋茂雄さんが監督として帰ってきたシーズンで、とんでもない数のファンが訪れ、フィーバーが宮崎キャンプで起こりました。人だかりがあるところに長嶋監督あり、でしたからね(笑)。

 さらにゴジ(松井秀喜)も入団してきた年でしたから、ファンの人混みはすごかったですよ。こんなフィーバーを経験したのは1986年の高知・春野キャンプ以来でしたね。そう、キヨ(清原和博氏)の1年目と同じぐらいのすごさでした。

 その93年、チームは結果を残せませんでした。私も試合に出るためにシーズン後一塁へのコンバートを決意。秋季キャンプで必死に練習しました。しかしキャンプ中、師匠(中畑清打撃コーチ=当時)から電話がかかってきて「キャッチャーミット持ってきてるか?」と。

「……」。言葉に詰まりました。捕手というのは悲しい性ですよね、決意はしたものの、1つだけキャンプに持ってきていたんです。嘘はつけないので「持ってきています」と答えたら「明日から捕手で」というわけです。食い下がって理由を聞いても答えてくれません。そこでバッテリーコーチだった山倉(山倉和博)さんに電話したんですが「捕手に戻ってくれ」とだけしか言わないんです。そこでいろいろ察して「分かりました」と……。そののち落合(落合博満)さんのFAでの入団が決まったんですよね。

 そこで問題になったのが春季キャンプの部屋割。巨人には伝統があってどんなスター選手でも2人部屋だったんです。でも、長嶋さんの強烈なラブコールで入団しているので、落合さんの2人部屋はないだろう、と。それに落合さんと2人部屋になる選手も厳しいだろう(苦笑)ということで、1人部屋に。

 ただ、落合さんだけ特別扱いもできないということで、当時の主力だった原(原辰徳前巨人軍監督)さんと篠塚(篠塚和典)さんも1人部屋へ。実は、私も2人部屋になるのがイヤで、球団に直訴し自腹で1人部屋を使用していました。

 西武では自主トレの期間に体を作り終えキャンプインしていたのですが、一度自主トレ中に岡崎(岡崎郁現巨人スカウト部長)さんがスーッと寄ってきて「デーブ、そういうのはキャンプで作り上げるんだよ」と言われビックリしましたね(笑)。

 95年には10人ほどのベテラン組に入ることになったんです。初日に30分走をしていたんですが、10分も経たないうちに「ミズ、足が張ったぞお」と原さんが言うんです。そうすると当時トレーニングコーチになったばかりの原さんより年下の水沢(水沢薫)さんが「はい、では歩きましょう!」って(笑)。大先輩には逆らえませんよね。今では笑い話です。

 話があちらこちらに行きましたが、今週の話は、巨人では大人扱いをされたキャンプを過ごした、という結論でした。

PROFILE
おおくぼ・ひろもと●1967年2月1日生まれ。茨城県出身。水戸商高から85年ドラフト1位で西武に入団。トレードで巨人入りした92年に15本塁打。95年現役引退。野球解説者やタレントを経て、2008年に西武コーチに就任し日本一に貢献。12年からは楽天打撃コーチ、二軍監督を経て15年に一軍監督に就任した。15年限りで辞任し、今年から野球解説者をこなしながら新橋に居酒屋「肉蔵でーぶ」を経営している。
デーブ大久保の「さあ、話しましょう!」

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元楽天監督、現解説者の「デーブ」こと大久保博元氏の連載コラム。

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