
対落合の打席での西本。立ち姿からも闘志が伝わる
1987年の開幕カードは、今年と同じ
巨人─
中日で、巨人がホームだった。ただし、舞台は〝屋根のない〟後楽園球場だ。東京ドームの開場は翌88年となる。
4月10日開幕戦。3年連続Ⅴ逸でバッシングを浴びていた
王貞治監督がマウンドに送り込んだのは、前年16勝を挙げていた
江川卓ではなく、前年7勝に終わっていた
西本聖だった。松山商高からドラフト外で75年入団。ストイックに猛練習を積み重ねてはい上がり、80年から先発ローテーションに定着した。シュートと高々と足を上げるフォームが特徴で、79年の入団ながら年齢は1つ上の天才・江川を徹底的にライバル視した反骨の男だ。
対する中日は、闘将・
星野仙一が新監督となり、パ・リーグで85、86年と2年連続三冠王に輝いた
落合博満が
ロッテから加入。まさに〝イケイケ〟で後楽園に乗り込んできた。巨人にすれば、開幕戦を落とせば、一気に勢いに乗せてしまう危惧があったはずだ。
王監督は、この大一番で西本にかけ、西本は期待に十二分に応えた。対落合は、すべて内角へのシュート。ただし、西本のシュートは1種類ではない。浮かび上がる球、沈む球、真横に切れ込む球……まさに自在の変化を見せる。それが落合の打席では、1球たりとも投げ損じることなく、すべて思い描く軌道をたどったという。
結果、4打数1安打、打点ゼロに抑え、6対0の完封勝利。
「名勝負だったと思います。球界を代表するバッターとの対決で、全部同じ球種を投げて勝負したピッチャーはいないはずです」
西本聖はそう述懐した。引退から5年、99年に取材したときの言葉だ。そのとき「シュートの握りを見せていただけますか」と尋ねたが、「いえ。それは僕の飯のタネですから」ときっぱり断られた。
目にはブラウン管ごしに見たマウンド上と同じ鋭い輝きがあった。
文=井口英規(週刊ベースボール編集長) 写真=BBM