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我慢・辛抱・忍耐の3点セット。広島東洋カープは美しい

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 広島に受け継がれる伝統といえば、一般的には機動力野球、投手王国だろう。それを可能にしたのは砂を噛み、血ヘドを吐くような猛練習だ。この球団に関わってきた人々の魂には我慢・辛抱・忍耐の3点セットが備わっている。

 6月2日(金)に発売される「ベースボールマガジン」7月号では、連覇に挑む広島東洋カープの歴史を特集。制作過程で現役選手・OB・フロントの何人かにインタビューした。異口同音に語られたのは、我慢することや耐えることの大切さだった。

 球団に黄金時代を導いた名将・古葉竹識監督は「耐えて勝つ」を座右の銘にしていた。90年代にチームの指揮を執った山本浩二監督は、四番に起用した新井貴浩がなかなか思うような成績を出せず、周りから「代えろ」と批判を浴びたにもかかわらず、辛抱して使い続けた。その結果、新井は花を咲かせた。

 黒田博樹や新井の復帰交渉に尽力するなど球団にV字回復をもたらした球団の仕掛け人、鈴木清明本部長は「伝統ってそれほど美しいものではない。もう耐えるしかないんです。報われたときに皆さんが美化してくれるだけであって、それまでは苦しいだけですよ」と笑った。

 かつてカープがセ・リーグの〝お荷物球団〟と言われていた当時、初代オーナーである松田恒次氏は「将来的に勝てるチームを作ってほしい」と、根本陸夫監督を招聘。同監督は生え抜きの若手を起用した。当然、すぐに結果は出ない。松田オーナーがすごかったのは、目先の勝利だけに固執しなかったことだ。即戦力を獲得するという手っ取り早い手段を取らなかった。最初は箸にも棒にもかからなかった若手が少しずつ成長しチーム全体が熟成していくまで、オーナー自ら辛抱し続けた。

 こうしてみると、野球に限らず強い組織を作れるか否かは、トップに立つ人間が目の前の厳しい現実をどれだけ我慢できるか、その器量にかかっているのではないかとすら思えてくる。

 耐えて忍ぶというカープの伝統は、90年代にFAやドラフトの逆指名制度が導入され、時代が山本浩二氏も言う通りアメリカナイズされていったにもかかわらず、その波に流されず、マネーゲームに参画せず独自の道を行き続けた姿勢が象徴している。

 やはりカープのようなチームが栄光を勝ち取ってこそ、ファンはプロ野球に夢とロマンを抱ける。

 今回インタビューに応じていただいた「鉄人」衣笠さんから後日、取材のお礼として立派な色紙が送られてきた。そこには達筆で、やはり「忍耐」の2文字が力強く書かれていた。

 我慢・辛抱・忍耐の3点セット。広島東洋カープは美しい。
文=佐藤正行(ベースボールマガジン編集長) 写真=BBM
ベースボールマガジン7月号

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