
松長通訳のサポートを受けてマウンドに上がるジャクソン
もし、あなたが誰かにタオル渡すとき、頭の中では何を考えるだろうか。多くの場合無意識に、もしくはせいぜい、地面に落ちてしまわないように気を使うくらいだろう。しかし、世の中にはそれが許されない職業もある。
「タオルを渡す角度があるんですよ。なるべく同じになるように気を付けています」
そう言いながら笑うのは
広島で通訳を務める松長洋文氏。何とも奇妙な作法が求められるのは、試合の終盤。セットアッパーのジャクソンがブルペンからマウンドに向かう際、汗を拭うためのタオルを渡すときの決まりごとだという。
いわゆるルーティンワークというわけだ。しかしこれはジャクソンにそうするように言われたわけではなく、松長氏の中で決めているルールなのだそうだ。
「選手を平常心で、いつもどおりグラウンドに送り出すことも僕たちの仕事だと思っています」
松長氏が選手の動作により強く注目するようになったきっかけが、2012年から14年に広島に在籍した
ミコライオだった。
「彼は特に多くのルーティンがありました。例えばアップを始めるのは出番からアウト5つ前。8回表の頭から投げるとしたら、7回表一死から。立ち上がって大きく息を吐いて、噛み煙草の箱を左手で投げ、それを僕が左手で受け取るのが一連の流れだったんです」
ところがある日、箱をキャッチできずにポロリと落としてしまった。するとその試合でミコライオは2失点。松長氏は「ごめん、ミコ。あの失点は僕のせいだ」と声をかけたという。
「選手はそこまで気にしていないかもしれませんけどね」と笑う松長氏。だが、その気配りはどこかで必ず、選手を助けているはずだ。
文=吉見淳司 写真=BBM