
長嶋監督にとって背番号33で2度目、最後の優勝になる
今年、
高橋由伸監督率いる
巨人が交流戦終了時点で、首位
広島に11.5ゲーム差をつけられた。ある年から巨人が首位に大差をつけられると、必ず登場するのが、「メークドラマ」という言葉だ。
1996年、巨人・
長嶋茂雄監督の言葉だ。この年、巨人は広島との11.5ゲーム差を逆転し、優勝。これは当時史上最大の逆転劇でもあった。長嶋監督自らが命名した和製英語「メークドラマ」の響きの良さもあり、いまなお語り継がれるシーズンとなっている。ただ、若干、誤解されている方も多いようなので、ここで真実を説明しておこう。
よくある間違いは2つだ。
その1、終盤まで広島と大接戦の末、優勝した。
その2、最後の
中日の決戦は最終戦だった。
まず、その1について説明するが、この年、巨人はドツボにはまり、序盤は6位、5位もあったが、4月末から復調し、6月には3位まで上がっている。ただ、12日から6連敗でふたたび急失速。28日からの広島3連戦全敗もあって、7月6日には4位ながら首位・広島と「11.5ゲーム差」となった。
ただし、巨人は7月に入って急浮上。のち9日、札幌円山での広島との直接対決、2回裏二死からの9連続安打で勝利したことが大きかったと言われるが、長嶋監督は、まだ首位と7ゲーム差があった7月16日の試合前に「松井(秀喜)が40本打てばメークドラマが実現できる」と高らかに宣言(松井はこの時点で20本塁打で、結局38本塁打で終わった)。その後も、大逆転優勝を指す、メークドラマという言葉を何度となく、マスコミの前で口にした。
選手たちは長嶋監督の決してあきらめない姿勢と、メークドラマの響きの良さに“乗った”マスコミとファンの後押しもあって、さらなる快進撃。8月20日には、早くも一度首位に立っている。11.5ゲーム差は、わずか1カ月半で一度リセットされたことになる。
その後、すぐ広島に抜かれ、しばらくは2チームで競ったが、広島が9月17日から6連敗で失速。最後に競ったのは、広島ではなく、中日だった。
その2であるが、胴上げ投手に左腕の
川口和久がなった10月6日の優勝シーンも、相手がナゴヤ球場の中日とあって94年「10.8」のように、最終戦決戦のイメージがあるかもしれないが、実際には巨人は、その後に1試合、中日は2試合を残している。最後は悠々とまではいかないが、余裕を持って逃げ切っての優勝だった。
今年に関しては、まだ6月末。25日時点で巨人と広島の13ゲーム差とはいえ、それ自体は、もしかしたら大きな問題ではないかもしれない。ただ、どこまであきらめなかった長嶋監督の闘志を、選手も高橋監督も示せるか。球界最古、かつ最強の球団である巨人には、最後までファイティングポーズを取り続ける使命がある──。
写真=BBM