
退場コールを受けた後も川上監督の怒りは収まらず(背番号77)
プロ野球の歴史の中で、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は7月9日だ。
現役時代は打撃の神様と呼ばれ、監督としては
巨人V9を指揮した
川上哲治。常に冷静沈着な男が生涯唯一の退場となったのが、1974年監督ラストイヤーだ。
7月9日の大洋戦(川崎)だった。2回一死二塁で大洋先発・
平松政次の
シュートが巨人・
河埜和正の左ヒジに当たった。しかし球審はファウルの判定。川上監督は
牧野茂コーチ、
須藤豊コーチらとともにベンチから飛び出し、猛抗議。河埜のシャツをまくらせ、ヒジが赤くはれ上がったところを見せても、球審は納得せず、「河埜は痛がっていなかった。当たっていないはずだ」と言った。
これを聞いて川上監督の顔色が変わった。その後、球審の胸を突いて退場。現役時代を含めたプロ野球生活34年目にして初の退場処分だった。
ふだんは「審判を抗議したり、ヤジったりしても
ジャッジが不利になるだけ。やめろ」と選手に言っていた川上監督が、これだけ怒ったのにはワケがある。実は、日頃から若手の河埜に対し、「男は痛くても顔に出すな」と言っていた。マジメな河埜はそれにしたがって我慢したのだ。なのに……。
川上監督には翌10日、厳重戒告と2万円の制裁金の処分が下った。
写真=BBM