
大学時代の源田。当時からスピードは飛び抜けていた
今年の「夢の球宴」はナゴヤドームとZOZOマリンスタジアムで開催されるが、幸運を手にしたルーキーがいる。
茂木栄五郎(
楽天)の辞退により、代替出場となった
源田壮亮(
西武)である。
もともとは7月13日のフレッシュオールスターに出場する予定だったが、一軍へ“緊急昇格”。とはいえ、開幕から遊撃のレギュラーをつかんでいる実績、そしてファン投票でも
今宮健太(
ソフトバンク)、茂木に次ぐ遊撃手部門で3位(27万854票)だから堂々の出場と言える。
第1戦が行われた7月14日はちょうど、都市対抗開幕日。昨年、「九番・遊撃」でトヨタ自動車の初優勝に貢献した源田にしてみれば、特別な巡り合わせを感じたかもしれない。
社会人時代の「九番・遊撃」とは、源田のプレースタイルを説明するには、最も分かりやすいポジションだ。つまり、絶対的な守備力がある一方、打力はやや物足りなさがあった。しかし、50メートル5秒8の脚力を存分に生かし、上位打線へつなぐ重要な役割をこなしてきた。
源田を初めて取材したのは、愛知学院大4年時の大学日本代表候補合宿(平塚)。とにかく、スピードが飛び抜けていた。中京学院大の
菊池涼介(現
広島)以来の衝撃だったことを記憶する。守りと走塁は抜群だったが、やはり、ここでも打力の部分で惜しくも代表入りを逃した。だが、NPBスカウトの評価は高かった。
「あの足は十分、使える。ショートの守備力はNo.1。(プロ志望届を)出せば、間違いなくドラフト対象になる」
しかしながら源田は早くから、社会人球界へ進むことを決めていた。大分商高から大学進学にあたり、九州の有力大学でプレーする選択肢もあったが、「社会人野球は愛知に企業チームが多い。その先(大学卒業後)のことも考える上で、愛知は幅が広がる」とのコーチの助言もあり、源田の覚悟は固まっていた。
4年間の大学生活で「ドラフト候補」となったが、源田は冷静だった。「プロ待ち」ではなく、東海地区の強豪・トヨタ自動車入社にブレはなかった。当時の言葉である。
「2年後にプロ? もちろん行きたいですが、まずは社会人で鍛えていけたらいい」
その言葉のとおり、源田は大卒2年、最短でプロ入り。守りと足を前面に首脳陣へ猛アピールして定位置をつかむと、上位打線の一角として、打撃も飛躍的に向上している。そして、予期せぬ形で初の球宴出場を手にし、真のスターへの仲間入り。強運も実力のうち。24歳が「新人王」へとひた走る。
文=岡本朋祐 写真=BBM