2018年に創刊60周年を迎える『週刊ベースボール』。おかげ様で、すでに通算3400号を超えている。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 座談会『カージナルス・赤い鳥に挑戦する』
今回は『1958年11月19日号』。創刊第32号で定価30円。中カラー見開きは『勝利の感激』と題し、日本シリーズ第6戦、西鉄が日本一に“逆王手”をかけたシーンだ。前回で日本シリーズの巨人敗退は詳報されている。今回は、その分析に加え、もう1つテーマがあった。
それは巻頭グラビアで分かる。『最強打者』のタイトルで西鉄・
中西太、巨人・
長嶋茂雄にはさまれたのが、来日していたカージナルスの主軸スタン・ミュージアル。メジャーで7度の首位打者に輝いた大打者だ。当時のメジャー・リーガー(大リーガー)の日本での位置づけは、今以上に高いものがあった。日本シリーズへの注目が一気に日米野球に移っていた。
本文巻頭は『特集 巨人再建の白書~第三期黄金時代への品川構想』。水原円裕監督の下、巨人は51年から53年までリーグ優勝&日本一、55年も日本一、56年から58年は3年連続リーグ優勝も、いずれも西鉄に日本シリーズで敗れたが、それでも「再建」というのだから厳しい。品川主計球団社長の言葉も交えながら「第三期黄金時代」への構想をシミュレーションしている。
その後には正力松太郎読売新聞社主が辞意を表明していた水原監督の進退、川上引退問題、さらには世間の批判が強くなっていた品川社長について一問一答で答える記事もあった。
当時の巨人の火種は水原監督と品川社長の確執、引退を明言した川上がヘッドとして水原監督をサポートした場合、川上のライバルと目される
千葉茂二軍監督がどうするかなど、グラウンド外がメーン。どこかいまの相撲協会のドタバタにも似ている。やはりプライドが高い男たちは、必ずぶつかるものなのだろう。
座談会は『カージナルス・赤い鳥に挑戦する』とし、
阪神・
小山正明、南海・
野村克也、巨人・
藤尾茂、大毎・
山内和弘が出席。センターグラビアでは試合の模様などが記事となっている。このときブラッシンゲーム(のち南海
ブレイザー)もカージナルスのメンバーで、四番のケン・ボイヤーはのち大洋に入団する
クリート・ボイヤーの兄である。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM