
巨人のユニフォームにソデを通した武田
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は12月4日だ。
なんと年俸1億2000万円のダウン。しかし、この男はこれ以上ないという笑顔で来季の夢を語った。2001年12月4日、巨人入団会見を行った
武田一浩である。
明大出身で
日本ハム、ダイエー、
中日で活躍した強心臓右腕。抑えで最優秀救援投手、先発で最多勝のタイトルも手にしている。
しかし3勝に終わった01年オフ、中日から戦力外通告。一時は引退も考えたというが、巨人から声がかかり、この日、年俸5000万円プラス出来高で契約書にサインした。01年の年俸は1憶7000万円だから、およそ3分の1だが、武田は「いよいよ東京生まれが東京に戻ってまいりました」とご機嫌。
すでに当時の12球団うち11球団から勝ち星を挙げていたが、「中日に勝って12球団すべてから白星を」とやる気も十分だった。その言葉どおり、02年5月7日、中日相手に勝利投手で史上3人目の全球団勝利。しかし、わずか2勝に終わり、結局、同年限りで引退となった(金額はすべて推定)。
写真=BBM