長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。 安定感があり、負けない投手

流麗なフォームから勝利を積み重ねた郭
西武黄金時代に、2リーグ制後外国人歴代最多の117勝をマークした“オリエンタル・エクスプレス”
郭泰源。メジャーとの大争奪戦の末、1985年西武に入団し、4月は防御率0.32で月間MVP、6月4日にはノーヒットノーランと鮮烈なデビューを飾った。
武器は150キロ台の速球と、魔球と言われた相手打者に恐れられた高速スライダーだが、実はナチュラルに近い高速
シュートも得意としていた。以後、故障が多かったこともあり、最多はMVPに輝き、9試合連続完投もあった91年の15勝だが、負けは89年を除けばすべて1ケタ。安定感があり、負けない投手でもあった。
その潜在能力は高く、捕手の
伊東勤が「大舞台で本気になるけど、たいていは80パーセントくらいの力で投げていた」と振り返るように、常に余力を残して投げている印象もあった。ただ、もしかしたら、それはフォームから受ける“誤解”だったかもしれない。
抑えの
鹿取義隆が驚いたのが、郭が登板した後、足場がまったく掘られていなかったことだ。足を踏み込んでの反動をほとんど使わずに投げていたということだろう。結果的に力感には乏しくなるが、それであれほどの球を投げたのだからすごい。
●郭泰源(かく・たいげん)
1962年3月20日生まれ。台湾出身。長栄高から合作金庫、中華民国陸軍野球部を経て、日米球団の大争奪戦の末、85年に西武へ入団した。1年目からノーヒットノーランの快挙。2ケタ勝利6回、自己最多の15勝を挙げた91年にはMVPに。97年限りで現役引退。主なタイトルはMVP1回。通算成績272試合登板、117勝68敗18セーブ、防御率3.16。
写真=BBM