今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。おかげ様で、すでに通算3500号が近づいている。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 ほぼ日本シリーズ一色
今回は『1959年11月18日増大号』。定価は10円アップで40円だ。下馬評では巨人有利の声もあった巨人─南海の日本シリーズは、南海のエース、杉浦忠の快投で、この号の締め切り時点で南海の3連勝となっていた。
本文巻頭は『活字にならなかったシリーズの特種~日本シリーズの表と裏をきる五話』。その中の注目記事は「第二話 杉浦、血染めのボール」だ。試合に休むと指先が柔らかくなり、マメができやすかったという杉浦は、優勝が早く決まったこともあり、シリーズまで間が空いたため、早々に中指にマメができてしまった。それが第1戦の試合中に破れ、血が出た。それを必死に隠した杉浦だが、捕手の
野村克也がボールについた血を見つけ、「スギ、黙っていてはダメやないか」と言い、
鶴岡一人監督も「ゲームは今日だけじゃないんだ」と途中降板を命じた。
そのときの杉浦の言葉がかっこいい。
「俺なんかどうなってもいい。チームのために尽くしたい」
鶴岡に関しては『泣けよ!鶴岡一人』という記事もあった。監督となって14年。親しい人には「人間どんな道でもそうだが、引き際が肝心や」と、すでに退任時期を視野に入れ、
蔭山和夫コーチを後継者として英才教育も行っていた。自らの花道に何度も煮え湯を飲まされた巨人を打倒しての日本一はなんとしても欲しかったはずだ。
座談会は『日本シリーズかく戦えり』。戦いのさなかにも関わらず、巨人から
広岡達朗、
藤尾茂、長嶋茂雄、南海から
杉山光平、
岡本伊三美、杉浦忠が出席している。昔の週べは本当にすごい。
石原裕次郎の特別寄稿もあった。大の巨人ファンだけにじれったい展開のようだ。連敗の後、3戦目の観戦だったようだが、その理由がすごい。
きょうは勝つと思った。いやそう信じて車を飛ばしてきたんだ。シゲオが前日、オレの家にユニフォーム姿にヘルメットをかぶったまま顔を出して、裕ちゃん、あしたは本当に打つから見に来てくれって言ったんだ。
シゲオ、長嶋茂雄は石原の大親友でもあった。
ほかもほぼ日本シリーズ一色。西鉄・
三原脩監督とNHKアナウンサー、岡田実の対談。『巨人と南海の明暗』や西鉄・
稲尾和久、
阪神・
吉田義男、大毎・
山内和弘らによる観戦記もあった。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM