長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。 すさまじい快足

代走だけで106盗塁をマークした藤瀬
「ゴーゴー、ふ・じ・せ!」
近鉄が連覇を飾った1979、80年ころ、多少リードされていても、終盤に一人、塁に出ると、客席が一気に沸き、
西本幸雄監督が、その男の名を告げると、大
コールが始まった。
すさまじい快足で、すぐ二盗、さらに次のヒットでホームまでかえってくる代走屋の
藤瀬史朗が出れば「勝負は、まだまだ分からんでえ」というワケだ。
実働7年で、代走では106盗塁(全体で117盗塁)。成功率も高く、79年は代走だけで25盗塁、成功率は9割を誇る。絶対に走るだろうと警戒されながらの数字だけにすごい。
当時、最大のライバルの阪急戦を得意とし、77年10月7日から81年8月に刺されるまで33回連続、約5年間にわたってアウトなし。同一カードの連続盗塁成功最多記録も持っている。
「79、80年は緊迫した場面での出場が多かったんですが、そんなときほど盗塁の面白みや喜びがあるんですよ。相手バッテリーが警戒してクイックやけん制を多投したり。もう化かし合いですよね。それをかいくぐって大事な場面で誰かのヒットをホームインにつなげたという充実感は、そりゃ大きかったですよ」と藤瀬は語っている。
藤瀬史朗(ふじせ・しろう)
1953年7月2日生まれ。桜宮高から大体大を経て76年ドラフト外で近鉄入団。徐々に代走での起用が増えた。年間代走盗塁数25、同一カード(阪急戦)連続盗塁成功33は日本記録でもある。84年限りで現役引退。通算成績436試合、45安打、4本塁打、12打点、117盗塁(うち代走で106)、打率.206。
写真=BBM