5月の到達は12人目

2000安打達成者の先輩、西武・松井稼頭央(左)から花束を渡された内川
5月9日の西武戦(メットライフ)の8回、中前打を放ち、
ソフトバンク・
内川聖一が史上51人目のNPB2000安打到達者となった。実は、2000安打と5月の相性はムチャクチャよく(?)、到達はこれで12人。かつ第1号の
巨人・
川上哲治も1956年の5月31日の達成だった(ちなみに5月の2人目が巨人・
長嶋茂雄で71年5月25日)。
特に密集しているのが、34番目の横浜・
石井琢朗(2006年5月11日)以後の7年ほどだ。
35番目から44番目の達成者を列記してみる。
35
田中幸雄(
日本ハム)2007.5.17
36
前田智徳(
広島)2007.9.1
37
金本知憲(
阪神)2008.4.12
38
小笠原道大(巨人)2011.5.5
39
稲葉篤紀(日本ハム)2012.4.28
40
宮本慎也(
ヤクルト)2012.5.4
41
小久保裕紀(ソフトバンク)2012.6.24
42
ラミレス(
DeNA)2013.4.6
43
中村紀洋(DeNA)2013.5.5
44
谷繁元信(
中日)2013.5.6
石井を含め11人中6人が5月。さらに言えば、4月中が3人おり、11人中9人が開幕から2カ月での達成となる。
ただ、45番目以降を見ると内川までは5月の達成者はなく、まったく偶然でしかないのだが、あえて言うなら交流戦スタートの2005年から試合数が146と増えたこともあるかもしれない(その後、07から14年で144試合、以後は143試合制)。130試合制の時代に比べれば、1シーズンの安打数が増え始めた時期で、さらにこれは過去もそうだが、ベテランとなった選手の記録達成をできるだけ早く、というチームの配慮もあってだろう。
達成年は、これまで50年代1人、60年代2人、70年代8人、80年代13人、90年代3人、00年代10人、10年代13人となっていたので、これに内川がプラスし、10年代は14人と史上最
大勢力となった。おそらくは、ここに近々
ロッテ・
福浦和也が加わるはずだが、次の現役は1719安打の
福留孝介(阪神・NPBのみで)。やや難しい数字だ。
写真=内田孝治