
時代をつくる男には、それなりの雰囲気がある
“球界のブレークスター”と聞き、
西武・
松井稼頭央の名前を思い出す人は多いだろう。
しかも、この男、当時露出が少なかったパ・リーグ出身もあるのか、いわゆるブレークシーンがやたらに“多い”選手でもあった。
後半スタメンに定着し、69試合で21盗塁の1995年から始まり、50盗塁の96年、さらには、そのオフの日米野球、テレビの筋肉番付……。
陸上の短距離走者のようなスピードとバネ、茶髪でヤンチャそうな風貌、筋肉番付で見せた筋肉質の体もインパクトがあった。一般ファンが、野球選手のユニフォーム、私服姿以外を見ることはそうなかった時代だ。
前半戦だけで39盗塁と走りまくり、意気揚々と挑んだ初出場の97年のオールスターもその1つだろう。95年終盤からレギュラーなのだから、いまさらブレークと思うかもしれないが、それだけこの男は、見る者の予測を上回り続けたのだ。
7月23日、オールスター第1戦(大阪ドーム)。全パの西武・松井は、まず3回に出塁。全セの捕手は強肩で鳴らした
ヤクルトの
古田敦也だ。
ここで松井は二盗。ただし、タイミングは際どかった。
「少しスタートが遅れたんですが、古田さんの送球がちょっと高かったんで助かりました」
と松井。ただ、このひやりのタイミングも若き松井の心に迷いは生まなかった。
すぐ三盗。さらに5回の出塁でも再び二盗、三盗。1試合4盗塁はオールスター新記録だ。
「相手が古田さんだから、アウトになっても相手が素晴らしいんやと納得がいく。だから思い切っていきました」と松井。
対して古田は、
「松井君は速い。オールスターに恥をかきにきたようなものですね」と苦笑していた。
この試合、全パは5対0の勝利。
松井は同年62盗塁で初の盗塁王、打率.309をマークしている。