今年は10月25日に行われるドラフト会議。毎年、金の卵たちが、どの球団へ進むか大きな注目を集める“一大イベント”で、さまざまなドラマも生まれる。今年で54年目を迎えるドラフト会議の歴史を週刊ベースボールONLINEでは振り返っていく。 3位で松井、大家、岡島とメジャー輩出

指名あいさつに訪れた王監督(中央)と城島
1994年11月18日
第30回ドラフト会議(新高輪プリンスホテル)
[1位選手]
日本ハム 金村秀雄(仙台育英高)
横浜
紀田彰一(横浜高)
ロッテ 大村三郎(PL学園高)
阪神 山村宏樹(甲府工高)
ダイエー
城島健司(別府大府高)
ヤクルト 北川哲也(日産自動車)
近鉄 田中宏和(桜井商高)
広島 山内泰幸(日体大)
オリックス 嘉勢敏弘(北陽高)
中日 金森隆浩(立命大)
西武 富岡久貴(東京ガス)
巨人 河原純一(駒大)
逆指名2年目は1位で高校生、2位で逆指名の社会人というパターンが多かった。1位には4年連続2ケタ勝利もあった日本ハムの金村秀雄、ロッテのサブローこと、大村三郎、UFO投法で新人王となった広島の山内泰幸、巨人の抑え・河原純一らの名前があるが、一番の衝撃は、ダイエーの城島健司の指名だった。
12球団が注目する別府大付高の大型捕手ではあったが、駒大進学を表明しながらの強行指名だった。その後、すぐさまダイエー監督に就任したばかりの
王貞治監督が会いに行って説得したことが奏功したとも言われるが、監督を王に譲り、フロント入りした寝業師・
根本陸夫らしい戦略ではあった。なお、翌年からプロ拒否選手はスカウト会議に確認を待たずに指名できないこととなった。
2位にはロッテの魂のエース・
黒木知宏(新王子製紙春日井)、阪神には近鉄移籍後、開花した
北川博敏(日大)、ヤクルトの守備職人・
宮本慎也(プリンスホテル)、投手として入団し、打者転向後、首位打者にもなった赤ゴジラこと広島の
嶋重宣(東北高)、外野守備の名手、西武の
小関竜也(国学院栃木高)らの名前がある。
さらに3位にも横浜が
楽天移籍後、抑えとして開花した
福盛和男(都城高)、ヤクルトが現侍監督・
稲葉篤紀(法大)、西武がポーカーフェースの右腕・
西口文也(立正大)。4位にも横浜・
多村仁(横浜高)、阪神・
川尻哲郎(日産自動車)、ダイエー・
藤井将雄(日産自動車九州)、広島・
高橋建(トヨタ自動車)、西武・
高木浩之(駒大)ら好選手がいる。横浜5位には、捕手の
相川亮二(東京学館高)の名前もある。
また、このドラフトから契約金の「後払いシステム」も始まった。上限は1億円だが、成績に応じて当初の契約金の50パーセント以内の報奨金を出せることになった。ゆえにルール上、契約金総額の上限は1億5000万円になった。
<次回に続く>
写真=BBM