
結局、開幕直前に支配下に昇格し、日本シリーズMVPに輝くなど活躍した中村
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は2007年2月25日だ。
年俸が折り合わず、
オリックスを退団していた
中村紀洋が“野球浪人”の身から晴れて解放された。
中日のキャンプ地・沖縄北谷で、球団から合格通知を受け取った。テスト開始から10日目の朗報だった。
「とにかくホッとしています。これで野球を続けることができるんですから。獲得してよかった、中日球団にそう思ってもらえるよう、必ずお返ししたいですね」
推定年俸は400万円、史上最強の育成選手が誕生した。前年度の推定2億円の50分の1、オリックスから提示され拒んだ8000万円からでも20分の1だった。背番号は205。こちらは「(近鉄では)5番だったんだから」と
落合博満監督からすすめられ、決定した。
「ずっと言い続けているように、お金じゃないんです。野球ができる。それが一番なんですよ」
名古屋での単身生活。合宿所「昇竜館」での若手との共同生活を望んだが、満室で実現しなかった。粉骨砕身、野球に取り組む覚悟。大恩人となった落合監督からはひと言「はい上がってこい」と声を掛けられ、まさしく裸一貫からの再スタートとなった。
写真=BBM