段取りどおりのドラフト
平成8年と9年、1996年、97年のドラフトを振り返ると、それ以前、特に昭和のドラフトは、プロ野球が提供する一種のエンターテイメントだったことが分かる。時には悲劇もあり、それをエンターテイメントとして楽しむのは趣味がいいとは言えないが、若者たちが運命に翻弄されながらも夢を実現させていく姿は爽快だった。
逆指名が制度化された93年からは、PL学園高の
福留孝介ら、高校生が主役となるドラフトでなければ、最後にカタルシスを得るための「運命に翻弄される」という伏線はない。大人びた段取りを踏んだ末には、決して到達することができないゴールだったのだ。
96年のドラフトで最も注目を集めたのは、現在は
ロッテの監督として指揮を執る青学大の
井口忠仁(資仁)で、対抗馬は新日鉄君津の
松中信彦だったが、ともにダイエーを希望。先に松中が決まり、井口の逆指名会見には中内正オーナー代行が同席した。週刊ベースボールも、ドラフトの予想ではなく、
西武でFAを宣言した
清原和博の去就を案じている。つまり、昭和の“KKドラフト”の11年後に注目していたのだ。
そしてドラフト会議でも1度も抽選はなし。清原は
阪神の
吉田義男監督が送った「タテジマをヨコジマにしてでも」というラブ
コールを蹴って、“初恋”の
巨人を率いる長嶋監督の「僕の胸に飛び込んできなさい」の一言で、11年前の夢をかなえたのだった。
【1996年・12球団ドラフト1位指名】
阪神
今岡誠 ダイエー 井口忠仁
横浜
川村丈夫 ロッテ
清水将海 ヤクルト 伊藤彰
近鉄
前川克彦 広島 澤崎俊和 西武
玉野宏昌 中日 小山伸一郎 日本ハム 矢野諭 巨人
入来祐作 オリックス 杉本友 川口に4球団が競合して抽選は復活したが

逆指名で巨人を選んだ高橋
翌97年のドラフトで注目を集めたのは、東京六大学リーグで名勝負を繰り広げた慶大の
高橋由伸と明大の
川上憲伸だったが、高橋は「私、高橋由伸は、読売ジャイアンツを逆指名させていただきます」と会見、川上も明大の先輩でもある
星野仙一監督が率いる中日を逆指名して、ドラマは終了した。
週刊ベースボールも、高校生では平安高の
川口知哉、水戸商高の
井川慶(阪神2位)、鳥取城北高の
能見篤史(現・阪神)らに注目しているが、予想を挙げることすらしていない。ドラフトでは川口に4球団が競合、抽選は復活したが、2位の抽選では進行役がクジを引く順番を間違えるトラブル。これが最大の波乱だった。
【1997年・12球団ドラフト1位指名】
ロッテ
渡辺正人 中日 川上憲伸
ダイエー
永井智浩 阪神
中谷仁 日本ハム
清水章夫 巨人 高橋由伸
近鉄 川口知哉→
真木将樹 広島
遠藤竜志 オリックス 川口知哉
横浜 川口知哉→
谷口邦幸 西武 安藤正則
ヤクルト 川口知哉→
三上真司 (→は外れ1位)
写真=BBM