2019年シーズン、セ・リーグで最も注目を浴びた外国人助っ人といえば、
阪神の
ピアース・ジョンソンと
中日の
ジョエリー・ロドリゲスだろう。ともに中継ぎで起用され、ジョンソンは抜群のコントロールとパワーカーブ、
ロドリゲスは速球と鋭いスライダーを武器に活躍した。
今シーズンも引き続きプレーすることが期待されたが、残念ながら両者ともにメジャー・リーグ(MLB)に復帰してしまった。日本で素晴らしい投球を見せてくれただけに向こうでも活躍してほしいところだが、同じように日本で活躍した助っ人たちは、MLBに戻ってからどのような成績を収めたのだろうか?
MLBの歴史に残る成績を収めた選手も

阪神・フィルダー
日本からMLBに戻った後に素晴らしい成績を収めた選手の筆頭が、1989年に阪神でプレーした
セシル・フィルダーだろう。阪神ではわずか1年しかプレーしなかったが、打率.302、38本塁打、81打点と活躍。阪神ファンに惜しまれつつ1990年にMLBのタイガースに復帰すると、その年は打率.277、51本塁打、132打点と大暴れし、いきなり本塁打と打点のタイトルを獲得した。翌1991年も再び本塁打王と打点王(最多打点は1992年も獲得)の二冠に輝いている。
1988、1989年の2シーズンを
巨人でプレーした
ビル・ガリクソンは、先天性の糖尿病を患いながらも2年間で20勝(1988年はリーグ最多の14完投)と活躍した。その後、1990年にMLBのアストロズに移籍。ここで10勝を挙げると翌1991年はタイガースに加入。今度は自己最多となる20勝を記録し、最多勝のタイトルを獲得した。
ガリクソンと同じ投手では、
広島で2008、2009年の2シーズンプレーし、26勝を挙げた
コルビー・ルイスもMLB復帰後、活躍した選手。広島退団後はレンジャーズに加入し、一時期はチームのエースとしてプレーするなど、引退するまでの6年間で65勝を挙げた。
最近では、巨人で2015年から2017年まで3シーズンプレーした、
マイルズ・マイコラスが挙げられる。巨人では3年間で31勝と先発の柱として活躍したマイコラスは、2018年にMLBのカージナルスに加入。その年にいきなり18勝し、最多勝のタイトルを獲得した。2019年は9勝14敗と不本意な成績に終わったが、シーズン後半は復調しており、今シーズンは巻き返したいところだ。
思うような結果が残せなかった選手も……
MLB復帰後に思うような成績が残せなかった選手もいる。西武黄金期に活躍したオレステス・デストラーデもその一人だ。西武で活躍した後の1993年に出身地のマイアミを本拠地とするフロリダ・マーリンズに加入。日本でも活躍し、当時マーリンズのスカウトだった
カルロス・ポンセが熱望したことで入団が実現した。日本で通算154本塁打を放ったパワーが期待されたが、残念ながら加入初年度の20本が最多で、以降は低迷。その後、95年に再び西武に復帰するも、全盛期の力は発揮できずにシーズン途中で退団した。
2013年に
楽天でプレーした
ケーシー・マギーは、日本で打率.292、28本塁打、93打点と活躍したことが評価され、1年でMLBに復帰。加入したマーリンズでは160試合に出場し、打率.287、4本塁打、76打点の成績を収めカムバック賞も受賞した。しかし、そのオフにジャイアンツに移籍すると一転して不調に陥り、5月にマイナーに降格。以降も浮上のきっかけがつかめないままチームを転々とした。2017年には巨人が獲得して日本プロ野球界に復帰。巨人では主軸として2年間プレーした。
ジョンソンはパドレス、ロドリゲスはレンジャーズに加入することになったが、両者ともにまだ20代と若く、ベテランになってからMLBに復帰した先人たち以上の結果を残す可能性は十分にある。まずは今シーズンどのような結果を残すのか2人のプレーに注目だ。
文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM