可能な限りで体を動かしている状況

夏の甲子園、全国49地区の地方大会は開催されるのか。現場はかつてないGWを過ごした(写真は昨夏の甲子園開会式リハーサル)
例年とはまったく違うゴールデンウイーク。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、高校野球の現場はどうなっているのだろうか? 電話取材したすべての高校は、チームとしての練習はしていなかった。緊急事態宣言が発令され、その大前提として、政府が要請しているように、感染防止対策を徹底している。
本来であれば、この期間は合宿や練習試合が真っ盛り。しかし、現在は自宅、またはその周辺で可能な限りで体を動かしている状況だ。60歳のベテラン指揮官は嘆いた。
「指導者生活35年以上ですが、GWに家にいるなんて……。こんなこと、初めてですよ」
そして「毎日、ヒマしていますよ」とジョークを飛ばすが、実際には毎日、生徒たちのことを気にかけている。不慣れなSNSを駆使して、部員の体調を管理。生活面と野球関連、それぞれ9項目のチェックポイントがあり「◎〇△×」で自己評価していく。◎(上出来)、○(達成)ならば良いが、△(半分出来)、×(半分以下)の場合は、その理由を記載することになっている。動画により打撃フォーム、投球フォームを指導することもある。
もう一人のベテラン監督は、パソコンを使っての「リモート保護者会」を開催した。新入生の親は2、3年生の親に対して自己紹介。好評であったため、2日後には3年生限定による「リモート懇親会」で親睦を深めた。生徒とはLINEグループで共有せず、公平性を保つため、個々で対応しているという。
「冬場のトレーニング期間と同じように、部員一人ひとりを指導する時間が増えた。個々の技術は確実に上がっていると思います。ただ、チームとして動けていなので……。ウチは春から夏にかけて上がっていくチーム。そこは、未知数な部分ではあります」
甲子園出場経験のある熱血指導者は「身体の距離は取っても、心の距離は取らない」と、毎日、自身の考えを発信し、部員にアプローチを続けている。保護者に対してはチーム専属のメンタルコーチから、コロナウイルスとの向き合い方をテーマにした資料を送信。「自宅では保護者に監督になってもらわないといけない」と、家族にも協力を求めている。
「今日一日を積み重ねる」
当たり前が、当たり前ではなくなった世の中。指導者にとっても、あらためて「指導」を考える機会となった。未曾有のコロナ禍で、生徒と接することはできない中でも工夫を重ねる。いつも前を向くが、夏の大会に関して質問をすると、「私たちは待つ身……。(開催を)信じるしかない」と、やや言葉が重くなる。
甲子園で優勝経験のある名将は言葉を選んで「先を見据えてはなく、今日一日を積み重ねていく」と語った。緊急事態宣言は5月末まで延長され、開催へ向けては課題が山積している。5月20日、日本高野連の運営委員会で開催の可否が話し合われるとされる。全国大会が難しければ、地方大会だけでも……。さらに厳しければ、何とか3年生のために1試合だけでも、という声も聞かれる。過去にないゴールデンウイークは終わるが、各監督の経験のない指導はこれからも続いていく。
多くの指導者は、終息後の生徒たちの精神的な「変化」に期待している。選手の健康と安全を考慮した上で、大会が開催できることに、越したことはない。ただ、活動自粛期間中に得たものもある。自らで考えて動く主体性。世の中の情勢を知り、学ぶ機会も増えた。実際に日常の学校生活が再開した際、チームとして活動できるありがたさ、指導者への感謝、生徒同士の友情、絆を再確認できるだろう。
3年生に残された時間は少ないが、高校球児にとって、甲子園がすべてではないと思う。新型コロナイルスの感染拡大は「国難」「戦後最大の危機」とも言われる。平和で健康的な社会であって、初めてスポーツは成り立つ、と気づいたはずだ。2020年夏。どんな結末になっても、大会を経験するのと同様に、人としての価値観が広がるのは間違いない。
文=岡本朋祐 写真=BBM