新型コロナウイルス感染拡大のため中止となった今年3月のセンバツ出場32校の「救済措置」として甲子園で開催される「2020年甲子園高校野球交流試合」。今夏は地方大会と全国(甲子園)も中止となった。特別な思いを胸に秘めて、あこがれの舞台に立つ球児や関係者たちの姿を追う。 「気持ち」で運んだ一打

東海大相模高と大阪桐蔭高の交流戦は「東西横綱対決」と言われた。試合を決めたのは大阪桐蔭高の主将・薮井駿之裕だった
勝ったチームが涙を流した。
大阪桐蔭高の主将・薮井駿之裕(3年)である。東海大相模高との交流試合。同点の8回裏一死二、三塁から内角真っすぐを詰まりながらも左前へ落とした。決勝2点タイムリーはまさしく「気持ち」で運んだ一打。控えのキャプテンが途中出場で大仕事をした。
「苦しい思いをしてきたが、これで終わるのが、寂しい気持ちも入り混じっている」
大阪桐蔭高は4対2で勝利。試合後、背番号14は目頭を押さえた。
昨秋の新チーム発足時、選手間の投票で主将に決まった。有友茂史部長は明かす。「旧チームからレギュラーで出場している選手が多かったですが、引っ張るタイプがいなく、そこが課題でした」。とはいえ、薮井は強いリーダーシップがあるほうではなかった。
しかし、西谷浩一監督が最も追い求めていた「粘り」を兼ね備えていた。どちらかと言えば不器用なタイプだが、とにかく前へ出て、率先して声を出した。つまり、泥臭く、コツコツと積み重ねる努力家なのである。
新型コロナウイルスの感染拡大により、春のセンバツ、夏の全国大会(甲子園)と地方大会が中止。心が折れかけた時期もあったが、薮井は背中で姿勢を見せ続けた。
「1年間、負け続けてきて、去年の3年生の分まで甲子園に出ようと言ってきたのですが……。最後は甲子園でこういう結果で終われて良かった」
今回の交流試合は1試合限定。大阪桐蔭高は本来であれば、「東西横綱対決」と言われたこの初戦を取って、勢いに乗っていただろう。理想的な展開で勝ち上がっただけに、西谷監督も「今日で終わるのが寂しく思います」としみじみと語った。
「野球の神様が、薮井に回してくれた」
まだ、このチームでやりたい――。共通した2人の感情を有友部長へ伝えると、想定外の返答だった。
「良いキャプテンで終われるので良かった。この先も試合があったら、何が起こるか分からないですからね(苦笑)。薮井のチームで終われて良かった」。最大の愛情表現である。そして、こう続けた。
「甲子園は子どもたちを成長させてくれることを、あらためて感じました。交流試合の1試合だけかもしれませんが、甲子園には魔物がいるというか、いろいろなものを示してくれる場所です」
甲子園歴代3位の55勝を挙げている西谷浩一監督。今回の白星は通算勝利には加わらないが、もともとこの記録に興味がない。「野球の神様が、薮井に回してくれた。数字上の1勝ではなく、一生忘れないゲームになった」。現在の3年生は2018年、
中日・
根尾昂、
ロッテ・
藤原恭大らが甲子園で史上初の2度目の春夏連覇を遂げた際に1年生だった。昨年は春、夏とも全国舞台を逃し、今春のセンバツは中止。“2年ぶりの夏”で、西の横綱が確かな足跡を残した。
文=岡本朋祐 写真=高原由佳