「アナウンサー冥利に尽きる3年間でした」

昨年、ZOZOマリンで連覇を決めて、宙を舞った辻監督
11月8日、ZOZOマリンスタジアム。2対8で千葉
ロッテに敗れた
埼玉西武ライオンズは、残り試合数と千葉ロッテとの勝敗数により2020年シーズンを3位で終えることが確定した。終盤まで繰り広げたクライマックスシリーズ出場をめぐっての争いは、ロッテに軍配が上がることとなった。
奇しくも約1年前、同じ場所でリーグ優勝を決めたライオンズだったが、今年はその夢がついえたことになる。
そして、ふと昨年度、優勝決定の実況を受け持ち、優勝記念記者会見の司会を務めていた文化放送・松島茂アナウンサーに思いを馳せた。「日本シリーズの実況を担当したい」と話していた松島アナは今年2月23日、亡くなった。享年、47歳。早すぎる別れだった。
弊誌・埼玉西武ライオンズの優勝特集号の取材のため、松島氏に会ったのは昨年の9月だった。リーグ優勝が決まった直後である。文化放送本社ビルの受付で出迎えてくれた松島氏は普段と変わらない柔和な笑顔で、その数カ月後に急逝するとは信じられないほど、元気そうに見えた。
松島氏はライオンズの2017年の2位、2018年~2019年のリーグ優勝という成績を振り返り「アナウンサー冥利に尽きる3年間でした」と語ってくれた。
「中でも今年(2019年)は優勝の瞬間を実況という立場でお伝えできたことがうれしかったです。優勝が決まるかもしれない試合を実況するときは、あらかじめ何となく『優勝の瞬間の伝え方』をいくつか準備しています。今年は『前半戦、耐えて粘って最後、頂点まで駆け上がった』などのフレーズをいくつか頭に入れていましたが、まずはグラウンドの様子を伝えたいと思いました。でも、用意していた美辞麗句というのは現場にいなくてもいくらでも言えるんじゃないかという気がして、けっきょく使わずに終わることのほうが多いですね」
装飾に頼らず、目の前で起きたことをそのまま伝えたいという言葉に、伝え手としての強い誇りを感じた。
一方で、心優しい一面ものぞかせた。
「試合に入り込み過ぎてしまったかなぁと反省しました。『ライオンズ、やりました』『ライオンズ、おめでとう』という言葉が自然に出てきてしまって、本来なら選手の表情や行動を伝えなければいけなかったのに、選手には申し訳ないなって思いましたね」
前年はマジック1の状態で実況したものの、松島氏の担当日には優勝が決まらず、優勝が決まった北海道
日本ハム戦は別のアナウンサーが担当。
「やはり優勝の瞬間を実況できるというチャンスはなかなかありません。ですから今年は優勝を伝えることができてうれしかったです」
本当にうれしそうに語っていたことを思い出す。
秋山への感謝の思い
松島氏は1994年、文化放送に入社した。ライオンズ担当となったのは2007年のシーズンからだったという。入社前、「人並みには野球を見ていたのですが、そこまで『西武が好きだ』という感じではなかった」と語った松島氏。もともと高校野球が好きだったこともあって、PL学園で大活躍した
清原和博選手の入団とともに西武の試合を気にするようになった。文化放送に入社したあと「まさか自分がそのチームの担当になるとは、学生時代は思ってもみませんでした」と振り返る。
実況のない日は現場でインタビュー収録やぶら下がり取材での情報集めに奔走していた松島氏に、特に思い入れの強い選手を聞くと一瞬、悩んだあと、
山川穂高、
中村剛也、
秋山翔吾(現シンシナティ・レッズ)の名前を挙げた。中でも2019年に主将となり、1年間、文化放送のインタビューに答えることを決意し、シーズンに臨んでくれた秋山への感謝の思いが強いと話していた。
「アナウンサーという職業の僕から見ても、秋山選手は言葉の表現力が豊富で、話がおもしろいんです。1シーズン、インタビューをしていて気づいたのですが、秋山選手にはどうしても本人のことを聞く機会が多い。『ここまで何本ヒットを打った』など個人記録の話をすることが多くて、台本にはご本人への質問が書いてあるのですが、秋山選手は必ずチームのことを話してくれました。キャプテンとしてチームのことを見ているし、それをリスナーにも知ってほしいという思いがあったんじゃないでしょうか。若手選手には『もっと貪欲に自分を超えていってほしい』『もちろん自分はそれに抵抗するけど』という話をしてくれたことが印象に残っています。世代交代など、チームの将来を真剣に考えていたんだと思います」
松島氏の訃報を受けた秋山は、メジャー移籍後、オープン戦での初ヒットのボールを「松島さんの墓前に」とアメリカから贈ったという。
「辻(発彦)監督が就任して、これから再び黄金時代が来るのではないかというワクワクした思いでいます」(松島氏)と、ライオンズの未来に希望を抱いていた最中、病に倒れた。松島氏が実況する第二の黄金時代の戦いぶりを、ぜひ聞いてみたかったと心より思う。
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、未曾有の出来事を経験した今シーズンは、日本シリーズを残し、あと1週間ほどで閉幕しようとしている。開幕の遅れ、ロックダウンによる外出禁止や先の見えない不安、無観客試合、思うように練習できない選手たちの苦悩――。
もし松島さんなら、2020年の日本プロ野球をどのような言葉で伝えたのだろうか。
文=市川忍 写真=BBM