横浜スタジアムのスタンドで、あるいは画面の前で、祈りを込めて固く組まれた両手の指は静かに解かれた。
4月11日、カード2連敗で迎えた首位タイガースとの一戦。2点ビハインドで始まった8回裏、1点差に詰め寄り、なお1アウト一三塁。同点、逆転への望みを託され打席に立った
宮崎敏郎の打球は、力なく転がった。
1-6-3のダブルプレー。最終回の攻撃も三者凡退に終わり、一矢報いることはできなかった。
4日のカープ戦で今シーズン初勝利、さらに名古屋でドラゴンズに勝ち越して臨んだ本拠地3連戦だったが、手痛いミスもあり、勢いを生かせなかった。5球団との対戦が一巡した現在地は、3勝10敗2分の最下位だ。
依然、厳しい状況に置かれているチームにあって、
関根大気は重苦しさを振り払うかのような颯爽とした動きを見せている。
入団8年目にして初の開幕スタメンを勝ち取り、ここまで全15試合に継続出場中。セーフティバントも含めて長短打を重ね、守備走塁でも高い敏捷性と集中力を発揮している。
25歳の外野手は、締まった表情を崩さず言う。
「こうやって試合に参加させてもらえていることに関しては充実感があります。ただ、自分がスタートから出ている試合で勝てたのは1度だけ。もっと自分が出塁したりすることができていれば勝てる試合もあったと思う。充実感の中にも悔しさがあります」 2カ月間の「本気の時間」。
昨シーズン、一軍に一度も呼ばれなかった。2019、2018、2017と時を遡っても、一軍では毎年20数打席の機会しか得られなかった。ところが今シーズン、まだ序盤ながら、立つ場所は明確に変わった。
監督の交代や選手の入れ替わりなど、周囲の状況の違いもたしかにあるだろう。だが、何よりも関根自身が変わった。
「それがなかったら、いまごろ、ぼくはファームにいると思います。去年と同じことをしていたはずなので」
そう振り返る変化の契機。「それ」は昨オフの自主トレ期間を指す。
ここ数年のオフは、ベイスターズの前主将、
筒香嘉智(現MLBレイズ)らとともに過ごしてきた。「12月頭から1月の終わりまで、2カ月びっちり」。グラウンドの内で外で、参加メンバーと交わした言葉は数えきれない。
その一つひとつが、心に少しずつ染みた。そして、芯にあった頑なさを解きほぐしていく。
「変なプライドじゃないですけど、『自分はこうやってやってきた』というものがあって、(助言などを)なかなか受け入れることができなかった。『いや、それでも』って思ってたり。でも(自主トレのメンバーが)本気で自分のことを考えてくれて、本気の言葉をいっぱいいただいて。そういう本気の時間を過ごさせていただくなかで、自分自身、軌道修正していきました」 たとえば、筒香との対話は、打撃に対する考え方を変えるきっかけになった。
それまで、関根は「自分のルールをつくって」打席に立っていた。相手投手は誰か。どんな球質で、どんな球種を操るのか。それに応じた対処の仕方、ルールを持ってバットを構えてきた。
自分なりの準備を尽くしていたつもりだったが、「それでは遅い」と指摘を受けた。筒香はこんなたとえ話をした。
「一対一で斬り合いをするとき、『相手の出方に対してこうしよう』なんて考えていたら死んでしまうよ。相手に入られる前に、入らなきゃいけない」
すべて、つながっている。
プロ野球選手の一球には、生活が懸かっている。投手は、たくさんの人たちの想いを背負って腕を振ってくる。打ち返す打者も然り。そう思えば、斬り合いのたとえも大げさには聞こえなかった。
関根は言う。
「(以前は)いわゆる受け、受動的に動いていたけど、どうすれば能動的に動けるか。投手から始まる野球で、それをどうやって実現するか。全然まだまだですけど、これからも追求していかないといけない」
自主トレの参加メンバー、
柴田竜拓もまた、関根にとっては大きな存在だ。「本気の言葉」をかけ続けてくれた一人だ。
「日常だったり、試合の中でのことだったり。タツさん(柴田)の言葉のかけ方や行動を、ぼくはすごく見ています。ぼくもこうしなきゃいけないなって気づかされる部分もある。いま一軍でいっしょにやらせてもらえているのは、本当に大きいです」
昨オフの自主トレを通じて得た気づきは、とどのつまり「準備」のあり方に収束する。
一つのプレーの「結果」に対してだけ目を向けるのではなく、その「前」へ「前」へと遡って考えること。逆にいえば、一つのプレーの「前」の「前」の段階からどれだけ備えられたかが、その「結果」を生むということ。
関根はそれを「つなげ方」と表現した。
「自主トレ期間は、物事のつなげ方というか、そういう部分の考え方が変わるきっかけになりました。その物事だけを考えていても、もう遅くて。その前の出来事、またその前の出来事からつながっているので、やっぱり朝起きたときから大事なんだろうな、とか。そういう感覚ですね。食事やあいさつ、声かけといった、プレー以前の生活のところからつながっている」 いまのチームで求められている役割について尋ねられたときの答えも、「プレー以外のところでいうと」との前置きから始まった。
「凡退した選手、どうしても沈みがちになるプレーをした選手に対していち早く声をかける。チャンスで点が取れなかったときに、『守備に行こう!』という声を発する。もちろん、自分が凡退したときも前を向く姿勢を見せる。そういうところは自分がやらないといけないと思っています」
自らが信じた道をひたすらに追い求めていた青年は、他者の言葉を受け入れる柔軟さを持つ若者になった。「自分がこうしたい」から「チームが勝つためにはどうすべきか」へと視野は広がった。
関根はしなやかに、たくましく、進化している。
6年ぶりのホームラン。
4月6日のドラゴンズ戦。今シーズン10試合目にして、初めてスタメンから外れた。開幕前に立てた「フルイニング出場」という目標が叶えられなくなった瞬間でもあった。
それでも関根は「自分が招いたこと」と現実を受け止め、「落ち込んだりはしなかった」。わずかに語気を強め、言う。
「でも、いま一軍にいるよねってところが去年とは全然違うんです。これは去年から感じていることですけど、一軍にさえ登録されていれば、その試合はチャンスなんです。ピンチじゃない」
その言葉どおり、2点リードの9回、関根は代打で出場機会を得る。たった一度の打席で二塁打を放ち、後続のバント、犠牲フライで本塁を踏んだ。
「あの打席だけが特別ということはなくて、どの打席でもヒットが出たらうれしい。得点につながって、チームにとってよかった。勝てたことが、本当にうれしいです」
等しくうれしい快打の中に、特別な一打がある。
9日のタイガース戦、7回に放ったホームランだ。2015年の開幕戦以来6年ぶりとなる、プロ通算2号。「なんとか(右翼手の)上を越えてくれ」と願った打球はスタンドに届く。次の回、守備に向かいながらふと思った。
「結構、時間がかかっちゃったな……」
東京ドームで放ったプロ第1号のホームランボールは、手元に返ってこなかった。それ以降、関根は「ハマスタでの第1号のホームランボールは母にプレゼントしたい」と思い続けていたのだ。
記念のボールは無事に回収され、母に贈られた。
「渡せてよかった。でも、(2本目の本塁打を)打たずに野球を終えるとは思ってなかったんですよね。絶対にプレゼントできるって。だから、打ててよかったというより、(時間が)かかってしまったなという感覚でした」 6年越しの気持ちが入ったボールを受け取った母は、ただ「ありがとう」と言って微笑んだ。
「きれいごとと言われても」
チームは苦境にあるが、関根ははっきりと言う。
「自分自身、本当に勝って喜びたいし、ファンの方にも喜んでもらいたい。チームが勝てるように、なんとか自分にできることをやっていきたい。チーム一丸となって、絶対に優勝を目指します。三浦監督を胴上げする。いまは最下位で、きれいごとって言われるかもしれないけど、堂々と、胸を張って言うことは大事だと思う。キャプテンだけじゃなくて、ぼくみたいな選手も含めてみんな本気で思ってやっていますし、また必ず調子がいいときは来るので。(明確な目標を掲げ続けていれば)そのときに強くなれると思うので。どんなときも、チームにとっての最大の目標を口に出してがんばっていきます」 巻き返しのための起爆剤として期待されているのが、来日が遅れていた外国人選手の合流だ。13日にも、N.ソトとT.
オースティンの2人が一軍選手登録される見通し。打線にさらなる迫力が加わることになる。
同時に、ポジション争いは新たな局面を迎える。関根が主に務めてきた右翼手のポジションは、オースティンと重なる。
だが、背番号63はあくまで前向きだ。
「誰がどこを守るのかは監督が決めること。たしかにオースティンがライトに入る可能性が高いとは思いますけど、だとすればセンターをみんなで競うことになる。監督の手札の中で一番手になれば使い続けてもらえるし、二番手、三番手になれば出られない。ただそれだけの話です。そういう事実に対して、自分がどうしていくか、どう生活していくか。今日の失敗をムダにしないように、次の打席、次の守備、走塁につなげられるように。日常から一つひとつの選択を、そこに向かっていけるようにしたいと思っています」 ソトとオースティンの合流を、打線の厚みという単なる足し算ではなく、競争の激化、切磋琢磨という掛け算にできるかどうか。
新たに始まる一週間。逆襲の一歩を刻む6連戦としたい。
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