「野球以外のことが生きている」

神宮球場で行われている東京六大学野球春季リーグ戦は緊急事態宣言により、第5週(5月8、9日)までは無観客開催となっている
明大が学生に追い求めている不変のスタイルとは?
「人間力野球」である。
明大の右腕・
竹田祐(4年・履正社高)は先発した法大1回戦(5月8日)で、リーグ戦初完投勝利(3対1)を挙げた。
「一つずつ大事にアウトを取ろうと考えていました。結果的に9イニングを投げ切る形になった。『気持ち』で投げました」
言葉だけの「気持ち」ではない。心を込めた「気持ち」である。
明大は東大との開幕カード(第2週)で連勝したものの、第3週の慶大戦で連敗。2019年春以来のリーグ優勝を目指す上で、一つの正念場を迎えていた。
第4週はゲームが組まれておらず、第5週の法大戦まで約2週間。就任2年目の田中武宏監督は「有効に時間を使えました。4年生を中心に、野球以外のことが生きている」と、法大1回戦後に勝因を明かした。
何をしたかと言えば、生活拠点とする島岡寮の「掃除」である。慶大2回戦敗退後、寮に戻ってからすぐ、そのままの流れで、ベンチ登録25人の部員は、ホウキや雑巾を持ち、清掃に着手した。その間、メンバー外がグラウンドで汗を流し、メンバーは一連の作業を終えてから練習へ入ったという。
常日頃から寮内は清潔に保たれており、決して手を抜いていたわけではない。しかし、もう一度、原点に戻った。田中監督は言う。
「私は技術のことは、言いません。野球をやらせてもらっているという感謝。親がお金を出しているわけですから」
明大にある理想的な教育現場
もちろん罰則ではない。勝利という見返りが欲しいから、掃除と向き合ったのではない。明大は全寮制。やるべきことを、やる。それだけである。田中監督によれば、メンバー25人は良い顔をしていたという。
連敗のショックは大きかったが、下を向いている時間はない。「気持ち」の切り替え。心を落ち着かせ、全部員が同じ方向を見て、次戦への準備を進めた。法大1回戦では「勝利」という形を得たが、それは、あくまで結果に過ぎない。試合へ臨むまでの過程で、やるべきことを全力で消化したことのほうが大事なのである。
そこに、伝統の「人間力野球」の真髄がある。かつて明大を37年率いた島岡吉郎元監督の教え。昭和、平成、そして、令和において、田中監督は時代に合わせた「精神野球」に重きを置いている。
野球は、人間がやるスポーツ。人を磨かなければ、技術向上は実現できない。勝負の世界である以上、勝者と敗者に分かれるのは常。必ずしも、成功ばかりではない。失敗をどう成功につなげていくか。大学生は、社会に出る一歩手前。4年間で何を学ぶのか。野球を通じての人間形成。明大には学生野球に求められる、理想的な教育現場がある。
文=岡本朋祐 写真=BBM