「勝てる捕手になる!」

慶大の主将・福井章吾[4年・大阪桐蔭高]は今春の東京六大学リーグで、3季ぶり38度目の優勝に導いた[写真提供=慶應義塾体育会野球部]
東京六大学野球連盟では毎シーズン、開幕2日前に報道陣を集めた懇親会が行われる(コロナ禍においては記者会見のみで、2020年春、秋はオンライン、21年春は対面で開催)。
各校の監督と主将、指名選手が登壇する。質疑応答では6校が一堂に会するからこそ、ユニークな質問も出る。かつての会合では「補強したい選手はいますか?」と。ある大学の監督は「慶應の郡司君(
郡司裕也、現
中日)を!」と冗談交じりながら、真顔で指名してきた。捕手・郡司は苦笑いを浮かべ「丁重にお断りします」と答え、場内は爆笑の渦となった。
この春、慶大が3季ぶり38度目のリーグ優勝を飾った。この秋、同じ質問が出れば、「福井章吾」を指名する指揮官は出てくるはずだ。前回優勝は郡司が4年生捕手だった19年秋。20年春からマスクをかぶるのが福井である。
同春は2位で、秋も2位。あと一歩で頂点を逃し、2季連続でのベストナイン選出も、心の底からは喜べなかった。それよりも「優勝キャッチャーはシーズンに一人しかいない」と、主将となった今春は、V奪還に並々ならぬ闘志を見せていた。
正真正銘のリーダーである。大阪桐蔭高では主将として、3年春のセンバツを制した。本来の正捕手であった
岩本久重(早大4年)が、大会直前に故障離脱。この窮地を福井が救い、マスクをかぶってチームを鼓舞した。夏には誰もが認める正捕手として、甲子園に戻ってきた(3回戦敗退)。高校時代から、言葉の一つひとつに重みがあった。大阪桐蔭高・西谷浩一監督が発するコメントと似ており、まさしく「指揮官の分身」として動いていた。
大学進学に際しては、これまで一人も野球部から合格者を出していなかった慶大を志望。猛勉強の末、難関のAO入試を突破した。入学から2年間、郡司の下で捕手論を学び、3年春から正捕手。神宮で勝負の厳しさを体感し「勝てる捕手になる!」と、レギュラー3季目にして栄光を手にした。4カード8試合を終えて打率.296、1本塁打、9打点。全イニングで本塁を死守したディフェンスに加えて、開幕からの八番から4カード目に三番に昇格し、バットでもリーグ優勝に貢献した。
「生活習慣」「環境整備」をテーマに
慶大でも自ら動いた。「生活習慣」と「環境整備」をテーマに、野球以外の取り組みを率先した。就任2年目の慶大・堀井哲也監督からは「この野球部を改革するのは、君がいる今年しかない」と叱咤激励された。福井は「厳しさの中にも、明るさを出そう」と、つらいメニューでも笑顔でチームを鼓舞。後輩、メンバー、メンバー外も分け隔てなく声をかけ、風通しの良いムードを作った。試合中も守りを終えてベンチに引き揚げる際には、投手だけでなく、7人の全野手とハイタッチ。細かい気遣いで、チームの和を構築していった。
「技術的には四番の正木(
正木智也、4年・慶應義塾高、内野手)、エースの森田(
森田晃介、4年・慶應義塾高、投手)に任せています。自分は人としての姿勢の部分で引っ張ってきた」
正木と森田の「主将・福井評」はこうだ。
「チームが悪い方向に行きかけた際に、その要因を見つけることに、長けている」(正木)
「チームの模範。どんなときも、キャプテンらしい行動をする。選手一人ひとりを見て、その動きを感じ取っている」(森田)
ついに手にした「V捕手」である。
「優勝キャッチャーという称号を手にすることができましたが、多くの人に感謝したいです。例えば、データ班は試合前に、多くの分析結果を持ってきてくれました。結果で恩返しすることができてうれしいです」
大阪桐蔭高、慶大で主将とエリート街道を歩み、気になるのは大学卒業後の進路である。
福井は大学入学時から「プロ」の二文字を口にしたことがない。神宮で実績を積んでも、その考えは変わらなかった。すでに、4年春前には「社会人野球」に絞り込んでいた。
「高校、大学を通じてプロへ進んだ選手を見てきた中で、自分の実力を見たときに、プロでは輝けないと思いました。社会人野球であれば、頑張れば長く輝けるんじゃないか、と。そこに光を感じました。アマチュアの最高峰を盛り上げていきたいです」
168センチ74キロ。自身の立ち位置を、冷静に見極めていた。社会人野球でも、いずれは現役引退のタイミングが来る。福井は、その先の人生設計もはっきりしている。
「野球で、野球に恩返しする。プロ野球で一流選手になって、子どもたちに夢を与えるのではなく、指導者としてたくさんの人材を世の中に出していくほうが向いているのかな、と思います」
22歳とは思えない存在感。そして、一言一句に引き込まれてしまう風格。どのステージでの指導者の道を目指すのか。少年野球、高校野球、大学野球、社会人野球……。各方面からオファーが舞い込んでくるはずだ。気の早いのは承知の上だが、福井の将来が楽しみだ。
文=岡本朋祐