「足が震えるくらいに緊張」
ルーキーながら3月26日の開幕戦(対
オリックス=メットライフ)では9回から三塁の守備に就きプロ初出場、翌日の同カードでは八番・三塁でプロ初先発出場を果たしたタイシンガーブランドン大河。同30日の
日本ハム戦(札幌ドーム)には八番・DHで出場し、プロ初安打となる1号2ランを含む2安打4打点と活躍したが、そこから波に乗れず5月6日、二軍降格を告げられた。
「開幕戦は最終回から守備に就いて、足が震えるくらい緊張しましたが、開幕を一軍で迎えられたことは貴重な経験で、いいスタートを切れたと思います」と振り返った。
A班で過ごした春季キャンプでは、
辻発彦監督、
馬場敏史作戦兼守備・走塁コーチ、
黒田哲史内野守備・走塁コーチから直接指導してもらった。辻監督からは「視線を低くしろということと、ハンドリングやグラブさばきについて教えていただきました。三塁手は打球が速いので、それに対応できるようにという意味です。(その2つは)キャンプ期間中に一番言われたことです」と今もその言葉を思い返しながら白球と相対する。
打撃面では「試合の中で、チームが勝つための打撃ができるようになろう」との話から、タイミングの取り方や、追い込まれてからのバッティング、バットの使い方の指導を受けた。どうしても力強く振ってしまうため、少し力を抜いてヘッドの重さを使って柔らかく打つ意識でバットを振る。
小学生時代にサッカーから野球に“転身”したブランドンだが、「何度も野球をやめようと思ったことがある」と胸の内を明かした。進学のたびに悩み、当時はいい成績も出せなかったことも影響。野球が嫌いになりそうな時期があった。大学時代に地元・沖縄に帰省した際、両親に自分の胸中を告げると「僕が頑張っている姿を見て、(みんなが)頑張れていると聞いたとき、自分自身が情けないな」と申し訳なく思った。「そこで、親孝行してやろうとスイッチが入りましたね」と人生の大きな分岐点がそこであったことを明かした。

一軍再昇格へ、打撃だけでなく、あらゆる面を磨いていく(球団提供)
プロ入団後も家族とよく連絡を取っており、時には電話もする。野球に詳しくない母だが落ち込んだときには「そんな日もあるよ」と励ましてくれる。
「一軍の試合で結果を残せたときは“頑張って良かった”と思ったので、その気持ちを忘れずに、ファームでは多くの試合を経験して、頑張って結果を残したいと思っています。またコーチの方々も自分のために時間を割いてくださっているので、しっかり吸収して上達したいです」とプレーでの恩返しを誓った。
西武ライオンズ広報部