開幕直後から主力野手がケガで離脱しながら、二軍から昇格した若手、中堅がその穴を埋めた西武。一軍実績が少なかった選手が力を発揮した理由の一つに新任の上本達之二軍打撃コーチの存在があった。上本コーチはいかにして、選手を正しい方向に導いたのか。その指導法に迫る。 “神主打法”を取り入れた愛斗
呉念庭、愛斗、
山田遥楓、
岸潤一郎、
若林楽人、
ブランドン、
渡部健人……など、枚挙にいとまがないほど、今シーズン前半戦、西武ライオンズの一軍オーダーには、昨季までと違った顔ぶれが数多く並んだ。中でも、昨季まで長く一軍定着できず、二軍と一軍を行き来していた呉、愛斗が飛躍の時を迎えている。2人はどちらも、キャンプも開幕もB班スタート。それぞれ一軍昇格のきっかけは
栗山巧、
山川穂高、
外崎修汰という絶対的レギュラー選手の故障離脱だったが、これを好機に打撃面での成長を存分に証明。彼らの復帰後も、弾き出されることなく一軍メンバーに名を残しており、それどころか、呉はクリーンアップ、時には四番打者にまで座り、愛斗も出場75試合中72試合で(8月15日終了時点)先発起用されるなど、双方「チームに必要不可欠な存在」にまで一気に株を上げた。
呉も愛斗もプロ6年目。当然、これまで指導を受けてきたコーチそれぞれからの教えや日々の練習で培ってきた技術の一つひとつが身になっているからこその今現在であることは言うまでもない。その上で、今季、一軍定着できずにいた昨季までの自分から“変貌”を遂げられたのは、今季のファームのコーチングスタッフ陣の存在が大きな要因の1つとなっているように思う。
もともと、どちらも守備面では定評があった。その意味では、より成長したのは打撃面だと言っていいだろう。
今季、ファームの打撃コーチには上本達之コーチと
高山久コーチが新任した。新体制での始動は昨秋のフェ
ニックス・リーグからだったが、そこでまず着手したことの1つが愛斗の打撃フォーム改善だった。2020年シーズンは二軍育成コーチという立場から背番号「53」を見ていた上本コーチは、「このフォームでは打てない」と感じていたという。その中で巡ってきた打撃コーチの役職と、高山コーチという新パートナーの存在。2003年から10年間、チームメートとして近くで見ていた高山コーチの“神主打法”を思い出し、「久ちゃん(高山コーチの呼び名)のあの打ち方、愛斗に合うと思うから、やらせてあげてほしい」と一任した。

西武・上本達之二軍打撃コーチ
一方、愛斗自身も、昨季プロ5年目を終了した時点で通算出場60試合、打率.135に終わり、迫り来る危機感とともに変革の必要性を痛感していた。高卒ルーキー時から、自身のプレースタイルに対し常に自分の考えをしっかりと持ち、信念を持って練習してきた選手だ。これまでは大きくフォームを変える選択をすることは難しかったが、これほどまでに結果が出なかったタイミングだったからこそ、新任コーチの助言を素直に受け入れられた。
“神主打法”は、『脱力』がカギとなる。新フォーム習得のために「2割の力で打て」「練習中はホームラン禁止」などと求められたが、最初は「自分は長打が持ち味。これで長打打てるの?」と半信半疑だったと愛斗は明かす。だが、練習を積み重ねていくうちに、ムダな力みがなくなり、飛距離は落ちることなく、自身が最も高めたいと思っていた『バットに当てる確率』が明らかに向上したことを実感できた。その結果、2021シーズンは4月8日に一軍昇格し、8月15日までに75試合出場、59安打、8本塁打、38打点、打率.234と、いずれもすでに過去5シーズンを大きく上回る数字を残している。昨季、7試合出場、打率.154に終わり、愛斗にとっては非常に苦しいシーズンとなったが、「バッティングフォームを変えられた」と、今ではむしろ「自分には必要な時間だった」と心の底から前向きに受け止めることができているのである。
やったことがなかった練習メニュー

西武・呉念庭
呉もまた、B班キャンプが開眼を促した。昨季も一軍で51試合に出場しており、A班キャンプスタートでも不思議ではないだけの評価は得ている選手だが、オフ期間中に母国・台湾に帰国したため、再入国の際、コロナガイドラインに則り2週間の隔離期間を要した事情を汲みされ、B班スタートとなった。決まった直後はネガティブにも思えたが、決してそうではなかった。
B班は、事実上ファーム(二軍)を意味する。ファームといえば、育成・強化がメーンミッションだ。試合に勝つことが最優先となる一軍とは、当然、練習の内容も量も大きく違う。その中で、特に今年は、自身の現役時代も練習量が非常に多かった上本コーチの就任によって、全体練習でも個別練習でも、バットを振る量が激増した。「これまでのキャンプで一番、と言っていいぐらいたくさん練習しました」(呉)。しかも、ただ闇雲に回数を振ったわけではない。「中には、今までやったことがなかった練習メニューもあって、いつの間にか力がついていました」(呉)。コーチが代われば、その練習法も変わるものだ。上本コーチ、高山コーチという若いコーチ2人の新しい“色”がガッチリとハマった。中でも、特に2つ、大きな効果があった。
1つ目は、タイミングの取り方の変化である。昨年までは、バットを揺らしながらタイミングをとっていたが、今季は肩に担いで構えるようになった。「連ティー(連続ティー打撃)をしていたら、揺らす間もなくて。パン、パン、パンと次々に来るボールに対して合わせるには、ムダな動きをなくすしかなかったんです。それが上手くハマりました」。バットがスムーズに出るようになったことで、ボールをギリギリまで見て振れるようになったという相乗効果が、前半戦のブレークを生んだ。
もう1つが、「やったことがなかった練習メニュー」だ。「ティースタンドを、ベースのイン・ハイ(内角高め)とアウト・ロー(外角低め)の2箇所に置いて、それぞれをどちらのボールも落とさずに打つという練習をやって、僕はすぐにはできなかったのですが、1クールが終わったときにはできるようになっていて。あれで、インコースへの対応、外へのバットの出し方など、引き出しが増えました」(呉)。一軍に昇格してからも、呉は試合前の練習で頻繁にこのティーを取り入れている。一時、得点圏打率が5割を超えるという驚異的な数字を記録していたことにも、このようにしっかりとした裏付けがあるのである。ちなみに、愛斗も少し状態が落ちてきたときなどに、このティーを取り入れている。
こうした練習法は、もちろん上本、高山、両打撃コーチがしっかりと話し合った上での綿密な意図があってのものだ。その考えを、上本コーチは次のように述べている。
「僕も高山も初めてバッティングコーチをするにあたって、最初、『どうしようか?』と言っていたんです。その中で、去年の秋の段階では、正直、『今シーズン(2021年)は、チームとして、打つほうはエンドランとかバスターエンドランを仕掛けて点を取るスタイルにしようかな』と思っていたんですよ。なぜなら、去年育成という立場でファームを見ていて、“チームバッティング”とか“自己犠牲”の姿があまり見られなかったからです。だから、一軍に行っても好き勝手振って結果が出なかったり、バントを失敗して二軍落ちしてくる。そういう選手の姿を何人も見ていたので、高山と、『まず、チームバッティングは年間通して意識を強く持ってやらせよう』と話して、ファームの野手全員に同じ練習を課して、今まであったそれぞれの悪いクセをなくして、良いクセをつけさせたんです」
最も重きを置いたのが、「ベースの上を振らせる」ことだった。
「打つべきボールというのは、投手の手から離れて、捕手に到達するまで、絶対にベースの上を通過しますよね。それに対し、振った後、空振りとかをした後に、自分の背中より後ろにバットが出ていくということは、そこのベース盤の上を振っていないということなんです。そんなふうな教え方を高山と一緒にして、最初は基礎練習のような、股関節の柔軟性や強さを求めるためにしゃがんでティーをさせたりして、そこからつなげていって、振れるようになってきたら技術系を入れていくという形でやっていきました。選手たち�
蓮△�覆蠅靴鵑匹�辰燭隼廚Δ鵑任垢茵�任癲△修譴鬚笋蟷呂瓩討�蕁▲侫Д縫奪�后Ε蝓璽亜⊇佞離⑤礇鵐廚�2カ月ぐらいで、スイングの軌道がガラッと変わって、みんなバットがかなり振れるようになりました」。
当初考えていた「小技で点を取ろうという」方向性は良い意味で転換。バット操作の練習は変わらず重点を置いて続けているため、それぞれの長所も発揮できるし、小技もできるという、まさに理想的な形となっていると言っていいだろう。実際、呉も愛斗も個性を存分に発揮しつつも、犠打もほとんどミスなく決められている。さらに、愛斗に関しては、昨季までの自分本位の打撃を見て、上本コーチが「右(方向)に打ってもらいたい。どうやってランナーを進めるとか、監督やコーチが『ここはこうしてほしい』ということができるようになれば、視野も広がるはず。変わるきっかけになれば」との強い思いから、
松井稼頭央二軍監督に意図を説明し、「二番を打たせて下さい」と懇願。同監督も快諾し、実際に二番で起用していた。その甲斐あって、一軍でもしっかりと右方向への安打を放てている。
<「後編」に続く>
文=上岡真里江 写真=BBM