
写真では分かりにくいが、投手の帽子にはレシーバー着いて、サインのやり取りをしていく。今季から採用されたサイン盗み防止策だが、今後どれくらい普及していくだろうか[写真はロイヤルズのザック・グリンキー]
足を広げ過ぎない、指が見えないように股間の高さで出す、横から見えないようミットで隠す。野球の長い歴史の中で、捕手がサインを盗まれないよう当たり前に工夫してきたことが消えようとしている。MLBで今季からバッテリー間のサイン伝達に電子機器の使用が認められるようになったからだ。
「ピッチコム」で捕手がミットを付ける方の手に9つのボタンのついたリストバンドを装着する。それは送信機になっていて、ボタンを押して球種とコースを発信する。投手の帽子にはレシーバーが付けてあって、あらかじめ録音された音声が流れる。
言語は英語かスペイン語だ。野手も遊撃手、二塁手、中堅手(あるいは三塁手)と3人までレシーバーを装着でき、球種を事前に知ることができる。昨季後半ローAウエストで実験、好評を得た。この春のメジャーキャンプでも半分の球団が興味を示したという。サイン盗みを防げるし、試合をスピードアップできる。
開幕戦、ブリュワーズの先発コービン・バーンズとオマー・ナルバエスのバッテリーは使用した。一方カブスのカイル・ヘンドリックスとウィルソン・コントレラスのバッテリーは使わなかった。カブスは春のキャンプでテストしたが、捕手が慣れるまでには至らなかったようだ。
パイレーツのバッテリーは、走者二塁になってから使用していた。ほかでは、ロイヤルズのザック・グリンキー、ガーディアンズのシェーン・ビーバーが使用、カージナルスのアダム・ウエインライトは使っていなかった。使うか使わないかは選手次第だが、遅かれ早かれみんなが使うなら、シーズンの早いうちに慣れたほうが良いのではと感じた。ハッキングの恐れについては、NFLではサイドラインのコーチがQBに問題なくプレー伝達をできており、大丈夫なのではないか。
ところでアメリカでは一部の大学野球でも今季から電子機器が使われるようになった。「ゲームデーシグナルズ」で、コーチがダグアウトでキーパッドに数字を打ち込む。投手はグラブを持つ手にデジタルディスプレー付きのリストバンドをしており、振動したら表示を見る。投げたくない球種だったら首を振り、コーチが新たにサインを出す。捕手も同じものを付けており、ミットを構える。強豪バンダ―ビルト大などが採用している。
開幕戦、ウエインライトの球を受けたカージナルスのヤディア・モリーナ捕手が今まで通り手慣れた仕草でサインを出すのを見ると、近い将来これが消滅するとは想像しにくい。しかしながら2017年のアストロズのサイン盗みスキャンダルのような事態を防ぐにはテクノロジーに頼るしかないのだろう。センターカメラで捕手のサインを撮影、ダグアウト近くの通路のモニターに映しだし、ごみ箱をバットで叩いて打者に球種を知らせる。
一連の手順を発案したとされる元外野手のカルロス・
ベルトランが最近のテレビインタビューで「ほかのチームもやっていた。われわれはどのチームよりも効率よく賢くやれていると思っていた。一線を越えているとは考えなかった」と当時の心境を告白した。こういった不正は確実になくなっていくのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images