あえて自分にプレッシャーをかけて

今季限りでユニフォームを脱ぐ杉谷
日本ハムの
杉谷拳士は今年1月、自主トレ先の沖縄の離島・伊江島で「今年が最後のチャンス」という言葉を何度も口にしていた。
プロ入り14年目、今年で31歳。もう若くないことは分かっている。若手が台頭するファイターズにあって、年齢的に見てもそう簡単に出場機会は得られないことは自らが一番理解していた。
高校時代からあこがれ、プロの世界でも苦楽を共にしてきた一学年上の
斎藤佑樹が昨年限りで引退したことも杉谷の中でも大きかった。あの斎藤でさえ33歳で区切りをつけた。
「今年がダメなら……もう終わるかもしれない。区切りを付ける時が来るかもしれない」
新庄剛志監督(BIG BOSS)が就任し、ムードメーカー、パフォーマーという役割で終わるのではなく結果で示さなければいけないというプレッシャーを自分に背負わせて挑むシーズンだった。
新しい杉谷拳士を見せる、作り上げる、そしてレギュラー獲りへ今一度、強い気持ちを持って勝負する。
オフの自主トレから専属のスプリントトレーナーを帯同させ、もう一度、下半身を中心に肉体を磨き上げた。そして、帝京高の後輩である
松本剛や
郡拓也に加えて主砲候補である
野村佑希ら将来のファイターズを担う選手らを自主トレに受け入れ、あえて自分にプレッシャーをかけ、追い込んでの14年目のスタートだった。
悩みに悩んだ10月
そして、迎えた今季。結果は51試合に出場して打率.165、0本塁打、3打点、0盗塁に終わった。昨年よりも出場試合数は減り、この2年間は打率1割台に終わった。レギュラーを獲る、パフォーマンスを圧倒的に上げる‥‥…それができなければ最後の年にすると覚悟を決めて挑んだシーズン。今季最後の出場を終えた10月2日以降、この10月は彼は悩み続けた。
続けるか、それとも一線から退くか。
盟友の斎藤にも、そして前監督である
栗山英樹氏にも相談したという。年齢は31歳。まだ動ける年齢であることには間違いない。ただ今年がダメなら最後にする。そう決めた自分がいた。結果が出なければ自分を認めようという自分がいた。
「辞めることにします」
チームは秋季練習中の10月後半に入るころ。プロ野球界は日本シリーズが始まる直前に杉谷はプロ野球人生に終止符を打つ決断をしたという。
存在感のあるプロ14年間
まずは外からもう一度、野球を徹底的に勉強するという。自らに厳しい決断を下した杉谷はすがすがしい表情だった。余力がないと言ったら噓になる。ただ、もう未練はない。新たな道を進むことを決めた野球界きってのムードメーカー。最後は誰よりも自分に厳しかった彼が次なる道をどう切り拓いていくのか。
人間性も含めて野球界には絶対に必要な存在。もちろん最も必要としているのは古巣のファイターズに違いない。ただ決意は固かった。自らに野球を続けることを許さなかった。これからはキャラクター的にも、グラウンドの外から野球界を盛り上げてくれることは間違いない。
存在感のあるプロ14年間だった。ファンから最大の賛辞が送られての引退となるに違いない。
2019年の両打席での本塁打達成は非常に印象度が高い。それにもまして
西武戦のゲーム前に行う打撃練習でのウグイス嬢とのやり取りをはじめ、さまざまなシーンでファンを魅了したエンターテイナー。自らに厳しく、周囲にはどうすれば喜んでくれるかを考え続けた人間。次なるステージが楽しみで仕方ない。杉谷拳士に「ありがとう」を伝えたい2022年の秋となった。
文=田中大貴 写真=BBM