「ここ一番の打席を大事に」
明大の2年生・宗山は2年秋のシーズンを終えて通算61安打。東京六大学リーグ歴代1位の131安打を放った明大・高山俊[阪神]は同時点で62安打と、今後に期待を抱かせる
立大2回戦(10月30日)。明大は1点を追う8回表一死一塁で、三番・
宗山塁(2年・広陵高)が打席に入った。一塁走者が二盗。得点圏における一打同点の好機だ。2021年から母校・明大で指導する
福王昭仁コーチ(元
巨人)は、神宮のネット裏でこうつぶやいた。
「良い場面で打てる。チャンスに強いバッターが最も評価され、印象に残るものです。勝負強さ。頼れるバッターなのか。勝敗に関係ない場面で打っても意味がありませんので」
かつて巨人の内野手として活躍し、引退後はコーチ、フロント、スカウトを歴任してきた「元プロ」が語る、一流かどうかの差である。
この発言から1分後。宗山は右翼席へ逆転2ランを放った。明大はこの回、1点を追加して4対2で勝利し、連勝で勝ち点4。春秋連覇へ望みをつないだ(11月5日からの早慶戦で慶大が勝ち点を奪えば、慶大優勝、早大の勝ち点奪取で、明大優勝)。
殊勲打の宗山は言った。まるで福王コーチの声が聞こえていたかのようなコメントである。
「ゲームの勝敗を左右するここ一番の打席を大事にしています。そこで、良い結果が出せるかどうか」
今季4号はリーグトップタイ。狙っていたわけではない。無死二塁。走者は俊足の
飯森太慈(2年・佼成学園高)であり「アウトになってもいいから、三塁に進めようと、右方向を狙っていました」と、迷いのないつなぎの姿勢が、結果的に一発を生んだのである。
高山とはほぼ同じペース
明大・宗山は立大2回戦[10月30日]で逆転2ラン。明大は連勝で勝ち点4とし、今春に続くリーグ優勝に望みをつないだ
明大は立大2回戦が今秋の最終戦。宗山は2年秋を終えて、61安打を記録している。東京六大学における歴代1位は明大・高山俊(阪神)の131安打。ここに数字を比較してみる。
※カッコ内は安打数
【高山】
1年春(20)打率.417、0本塁打、8打点
1年秋(16)打率.267、1本塁打、6打点
2年春(13)打率.241、1本塁打、5打点
2年秋(13)打率.295、0本塁打、5打点
3年春(19)打率.339、1本塁打、8打点
3年秋(19)打率.358、3本塁打、6打点
4年春(17)打率.333、2本塁打、6打点
4年秋(14)打率.368、0本塁打、1打点
通算(131) 打率.324、8本塁打、45打点
▽2年秋終了時点 53試合、62安打、打率.301、2本塁打、24打点
【宗山】
1年春(6)打率.240、1本塁打、3打点
1年秋(14)打率.378、0本塁打、4打点
2年春(24)打率.429、3本塁打、13打点
2年秋(17)打率.354、4本塁打、15打点
▽2年秋終了時点 45試合、61安打、打率.367、8本塁打、35打点
リーグ記録131安打の更新に期待を抱かせるが、福王コーチは「そこがすべてではない。あくまでも、チームの勝利に貢献した上での結果。あと2年間、いかに自分を高めていけるか。明治は技術ではない。人間力ですから。3、4年生が見ものですよ」と腕を組む。
そして、自身を重ね合わせるように回顧した。
「私は最終学年に主将だったんですが、4年春は重圧でサッパリ打てなくなった。打率1割台……。御大(島岡吉郎元監督)からは『辞めろ!』と退部通告です(苦笑)。当時は、それが愛情表現とは受け入れることはできませんので、もう、必死……。それだけのプレッシャーがありました。正直、プロでプレッシャーを感じたことはありません。明治以上の世界はありませんので……。同じ野球でも、チームを背負う立場になるとすべてが変わる」
福王コーチは4年生の夏にもう一度、自身を見つめ直し、秋は打率.474で首位打者を獲得。明大のチームリーダーとしての任務を全うし、巨人ドラフト5位指名につなげた。キャプテン経験者だからこそ、立大2回戦での逆転2ランにも、宗山には高い要求が続く。
「下級生だから出たんです。上級生に引っ張られ、下級生は自分に与えられた役割をしっかりやればいい。仮にミスをしても、先輩がカバーしてくれますから。今年と同じように、来春以降もプレーしていたらダメです。チームのための声、言動が必要となってきます」
福王コーチとの居残り練習が日課
図らずも、宗山は試合後にこう言った。記者会見には田中武宏監督のほか、横には主将・
村松開人(
中日2位)がおり、最上級生へ対する思いを述べている。
「4年生は何をするにも、先頭に立ってくれました。自分たちは付いていくような感じ。やりやすい環境で野球をやらせてもらい、感謝しています」
上級生の3年生となる来春以降、福王コーチは宗山の「変化」を期待している。技術的には「打ち返す力、ボールをとらえるバットコントロールに、打撃センスを感じる」と潜在能力を認めるが、注文も忘れない。
「スイングの強さ、体の強さも物足りない。スイングスピードが上がっていけば、ボールを引きつけて打てる。つまり、ボールのセレクトができるようになる。こちらから言うのではなく、自分で気づき、アクションしないと何も始まらない。学生野球は2年で終わりではないので、残り2年が本当の勝負です」
宗山は広陵高でも主将を務め、中井哲之監督の下で3年間、男としての人間性を磨いてきた。明大では田中監督から熱血指導を受け、明大の伝統である「人間力野球」がたたき込まれている。田中監督は目を細める。
「何事に対してもバタバタしない。一喜一憂しない。同じリズム、ルーティンで試合に入る。それを高め、日に日に成長を感じている」
宗山の日課は練習後、福王コーチとの居残り練習だ。守備、打撃と気の遠くなりそうな基礎メニューを反復する。今夏は大学日本代表でプレーし、遊撃守備もアマチュアトップクラス。努力の天才は己を冷静に見つめ日々、レベルアップのための鍛錬を続けていく。
文=岡本朋祐 写真=矢野寿明