元南海-大洋の佐藤道郎氏の書籍『酔いどれの鉄腕』が2月4日にベースボール・マガジン社から発売された。 南海時代は大阪球場を沸かせたクローザーにして、引退後は多くの選手を育て上げた名投手コーチが、恩師・野村克也監督、稲尾和久監督との秘話、現役時代に仲が良かった江本孟紀、門田博光、コーチ時代の落合博満、村田兆治ら、仲間たちと過ごした山あり谷ありのプロ野球人生を語り尽くす一冊だ。 これは不定期で、その内容の一部を掲載していく連載である。 仲間なんだから変な雰囲気にはしたくなかった

『酔いどれの鉄腕』表紙
今回は「第6章近鉄コーチ時代」より。佐藤氏は、
鈴木啓示監督に誘われ、93年から近鉄の一軍コーチになったが、いろいろあって翌年から、リハビリや育成にかかわる、いわゆる三軍担当コーチになった。今回はその章の一部を抜粋する。
なお、本が発売になったので、この連載はひとまず最終回としますが、時々、再開するかもしれません。
三軍を担当したときは、ウエスタンは名古屋とか福岡遠征があるけど、そこには行かず、藤井寺球場で残留組の面倒を見た。
一、二軍ともだけど、先発投手で登板予定がなく、遠征に帯同しなかった選手、ケガをしたりして調整中の選手、あとは育成というのか高校出とかね。ピッチャーが多かったけど、野手も結構いた。
打点王にもなった
石井浩郎がケガで落ちてきたこともあった。前の日、一軍のマネジャーから「浩郎が三軍に行くんでお願いします」って連絡があってね。
そしたら次の日、いきなり遅刻しやがった。
「すみません、ミチさん、寝坊しました」って言うから「おい、お前、三軍をなめてるんか!」と、ちょっと怖い顔で大きな声で言って「すみません」とあいつが返事をしたあと、「よし分かった。マネジャー、みんなに注文を取れ」って。
藤井寺の駅前にマクドナルドがあったから、それを石井におごらせようと思ったんだ。
俺はマクドナルドなんて食べたことがなかったんで、裏方さんに「何がうまいんだ」と言ったら「マックシェイク」と。「それ何?」って聞いたら「ドリンクです。おいしいですよ」と言われた。
ガクッとしつつ、「昼飯なんだから食い物だよ。俺、あんまりハンバーグ好きじゃないんだけど、ほかにないのかな」と言ったら「白身魚のフィレオフィッシュというのがあります」「よし、それ!」って。
ダブルにすると大きいというから、みんなに「ダブルでもいいから注文しろ。遠慮するな」って言って、今度はニッコリ笑顔で石井に、「お前、払えよ」って。
選手、コーチ、裏方さん分も含めて全部で1万円しないくらいだったと思うけど、あいつにしたら安いもんだろ。
それで「よし、この話はここまでだ。遅刻は一軍には報告しないよ」と言ったら、石井がうれしそうな顔で「はい」って言うから、「あしたも遅刻していいぞ。またマクドナルドをおごってもらうから」と言ったら、みんなで大笑いになった。
同じチームの仲間なんだから、おかしな雰囲気にしたくないしね。
でも、「遅刻していいからおごれ」は半分本音だった。三軍は安い冷えた弁当で、みそ汁もないんだよ。みんないつもブーブー言ってたからね。
第6章「近鉄コーチ時代」より。