みんなが見ている
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『つじのじつ話』表紙
ベースボール・マガジン社から前
埼玉西武ライオンズ監督、
辻発彦氏著の『つじのじつ話』が発売された。
サインお渡し会も東京では三省堂有楽町店、ジュンク堂池袋店、福岡では丸善博多店で行い、いずれもびっくりするくらいの大盛況! このたび、めでたく重版も決まりました。
今回もそのチョイ出し。
2020年、コロナ禍の中、3連覇を逃し、3位となったシーズンです。
■
この年、
森友哉が号泣した試合があります。8月27日の
北海道日本ハムファイターズ戦(メットライフ)です。
この試合で僕は不振が続いた森をスタメンから外し、途中出場させましたが、そこから投手陣が打ち込まれて逆転されてしまいました。それを最後、
山川穂高がサヨナラで勝利に変えた試合です。
気持ちはよく分かります。自分の責任で逆転されたと感じ、負けを一人で背負ったかのような怖さ。それを森は感じたのではないでしょうか。
彼の気持ちが分かったのは、現役時代の僕も同じような経験をしているからです。優勝争い佳境の終盤戦、バントのサインに失敗し、ヒッティングとなって併殺打になったときがあります。
試合は敗色濃厚。僕は「ああ、終わった。これで優勝はできないかもしれない。俺のせいだ……」と青ざめました。
試合は
秋山幸二選手のサヨナラ打で勝ったのですが、試合のあと、ほっとした気持ち以上に、あらためて野球が怖くなりました。野球は個人プレーじゃなく、チームプレーです。自分のミスでほかの全員に迷惑を掛けます。分かってはいたことですが、大一番でやらかしてしまい、怖くなったのです。
家に帰ってベッドに入っても眠れず、もんもんとしていたのですが、夜中の2時くらいに電話が鳴りました。
嫁が出たら「森監督から」と。
そこで
森祇晶さんが「何を落ち込んでいるんだ。今までお前のバッティングや守備で勝った試合が何試合あると思っているんだ。みんなそれが分かっているから、一つくらい落としたって誰も何も言わないぞ」と言ってくれました。
すごく救われた思いがしましたが、もう一つ思ったことがあります。
みんな見ているということです。
自分が練習で手を抜いたりしたら、試合でミスがあれば、「ほらやっぱり」と思うかもしれない。それは嫌だと思いました。誰が見ても、あのミスは仕方がないと思うくらい練習しなきゃいけないと自分自身に誓いました。
それまでも、そういう気持ちは持っていましたが、野球の怖さを心底から感じたことで、さらにその思いが強くなりました。
絶対にしたくなかった失敗ではありますが、自分にとって大きな糧となったことは間違いありません。森もきっとそうだったと思います。