17歳の姉と11歳の僕

　現役時代、中日ドラゴンズ、西武ライオンズ、千葉ロッテマリーンズで活躍した外野守備の名手・平野謙さんの著書『雨のち晴れがちょうどいい。』が発売された。

　両親を早くに亡くし、姉と2人で金物店を営んでいた時代は、エッセイストの姉・内藤洋子さんが書籍にし、NHKのテレビドラマにもなっている。

　波乱万丈の現役生活を経て、引退後の指導歴は、NPBのロッテ、北海道日本ハム、中日をはじめ、社会人野球・住友金属鹿島、韓国・起亜タイガース、独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサスと多彩。

　そして2023年1月からは静岡県島田市のクラブチーム、山岸ロジスターズの監督になった。

　これは書籍の内容をチョイ出ししていく企画です。今回は6歳で父、11歳で母を亡くした話のあとです。

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　おふくろの死はもちろん悲しかったのですが、いつまでも引きずってはいられません。なにせ、貯金はほぼゼロ。頼れる親戚もいません。高校2年生だった姉が学校を休学し、金物屋を続けることになりました。

　姉はしっかり者で頭もよかった。もともと大学を出て先生になるのが夢だったようですが、このとき、全部捨てました。

　当時17歳の姉と11歳の僕に、大人がみんな優しかったわけではありません。

　まず驚いたのは、家の前にあった違う業種の店が、おふくろが死んだあと、いきなり金物屋になったことです。子ども心に「そりゃないでしょう」と思いましたが、負けず嫌いの姉は、そこからさらに燃えたようです。

　姉は当時について「2人で店をやった」と言ってくれますが、そんなことはありません。やっていたのは姉一人です。僕も手伝いはしましたが、あとは友達と遊んだり、普通の小学生、中学生と同じようにやっていました。

　詳しい経緯は分かりませんが、途中から姉と仲のよかった同級生のおばあさんが手伝いに来てくれたのは本当に助かりました。優しい人で、店番だけでなく、ご飯をつくってくれたり、家事もやってくれました。そのおかげで姉は復学し、高校を卒業することができました。おばあさんがいなければ、僕ら2人は絶対にやっていけなかったと思います。

　ただ、これで金物屋が名古屋一の店になり、大金持ちになればめでたしめでたしですが、結局、僕が中3のとき閉店となります。

　一番の理由は、近くにスーパーマーケットができたことです。敵情視察にも行きましたが、うちよりも種類が豊富で値段もはるかに安い。正直、「こりゃ勝てんな」と思いました。うちだけじゃなく、商店街のお客さんが一気に減り、稼ぎ時だったはずの土日のほうが、むしろ閑散とするようになりました。

不動産屋の1500万円

　姉のすごいところは、このピンチにひるまなかったことです。

　仕入れのために自身の生命保険を解約して買った中古車で、週末は金物屋のない町まで行商に行くようになりました。

　僕も一緒に車に乗って手伝ったことがありますが、自分から積極的というわけではなく、「行くわよ」と言われてついて行っただけです。客引きもしなければいけなかったのですが、人見知りをするおとなしい子でしたので、大きな声を出すのが恥ずかしくて、下を向きながら「いらっしゃいませ……」と蚊の鳴くような声で言うのがせいぜいでした。

　最初は結構売れたのですが、金物は寿命が長いので、毎回、毎回、買ってもらえるわけではありません。場所を変えながらやっていましたが、どんどん先細りになっていき、さすがの姉も「これはもう、潮時だな」と思ったようです。

　名古屋市内で店の場所は悪くなかったので、売って引っ越そうとなり、買い手探しは、中村警察署の真ん前の不動産屋に頼みました。

　当時、不動産屋というと、うさんくさいイメージもあったのですが、警察の真ん前の店ならだまされないだろうという姉の判断です。

　当時のお金で1500万円ですから大金です。契約の日は一緒に不動産屋に行きましたが、姉が、小切手みたいな紙切れでだまされたら嫌だと思ったらしく、目の前に札束がドンと積まれたのを覚えています。

　不動産屋のテレビでは小説家・三島由紀夫の割腹自殺(1970年11月25日)のニュースが流れていて、介錯がうまくいかず、首がすんなり切れなかったと、アナウンサーが物騒なことを言っていました。