グラブの位置と角度
『猛虎二番目の捕手』表紙
元
阪神-大洋のダンプさんこと、
辻恭彦さんの著書『猛虎二番目の捕手』が発売されました。タイトルどおり1962年途中から1974年までの阪神時代のお話です。大洋時代以降は、この本が好評ならそのうちまたと思っています。以下はそのチョイ出し。今回はまたまた
江夏豊との話です。
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江夏の真っすぐは速かったけど、それだけじゃない。全部違う球なんです。1球1球、力を抜いたり入れたり、同じコースへの真っすぐでも全部違う球を投げることができました。
江夏のすごいのは力を加減してもフォームが変わらないことです。バランス、リズム、テンポは全部同じで球速を変えることができる男でした。やっぱり天才としか言いようがありません。
しかもフォームに間があって、球を離すのがすごく前。バッターはピッチャーの体の動きに合わせてタイミングを取っていますが、江夏の場合、打者が打ちにいっても、まだ腕が出てこないんです。あの間で打者を観察し、瞬時に力加減を変えていました。
ただ、そういう天才でもフォームのクセはありました。最初に教えてくれたのは黒メガネのトレーナー、猿木忠男です。あいつが「ダンプさん、俺、江夏のクセが分かりますよ」と言ってきた。
走者がおらんときの江夏のフォームを思い出してください。腹の上に偉そうにグラブを置いて体を少し揺らすでしょ。そのとき、グラブの背が正面を向いているか、あるいは下側にあるかで分かるというんです。
へえ、と思って見ていたら確かにそうでした。真っすぐを投げるときは、グラブの背が正面を向き、そこから胸を起こすように張るような動きがあり、カーブはグラブが下で、体が持ち上がるような動きもなく、すっと投げていました。
猿木に分かって僕が分からんかったのは、ちょっと悔しかったですけど、「言われてみたらそうかな」くらいのほんの少しです。
これを見抜いていたのが
巨人です。当時、確証はなかったのですが、一度、
土井正三にインローに食い込んでいくカーブを投げたら、三塁線をきれいに抜かれたことがあります。
腹が立ちましたね。だって、あの球を土井に打たれるわけがないんです。
お互い引退して、マスターズ・リーグ(かつてあったOB選手のリーグ戦)で会ったときですが、本人に「なんで打てたの?」と聞いたら、ニヤニヤして「分かっていたからだよ」と白状してくれました。
ただ、このときくらいです。ほかは球種がバレているかなと思っても抑えました。分かっても打てないくらい、江夏の真っすぐもカーブもよかったですからね。