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2024夏の甲子園

【甲子園】死闘となった大社対早実で明らかに甲子園の空気が変わった瞬間

 

今までに経験したことない声援


大社は93年ぶりの準々決勝進出。ミスをカバーするチーム力で報徳学園、創成館、早実と強豪私学を撃破した[写真=田中慎一郎]


【第106回全国高等学校野球選手権大会】
3回戦 8月17日 第4試合
大社(島根)3x-2早実(西東京)
(延長11回タイブレーク)

 明らかに甲子園の空気が変わった瞬間があった。1対1で迎えた7回表の早実の攻撃。先頭の内囿光太(3年)が放ったセンター前の打球を、大社の中堅手・藤原佑(3年)が後逸した。打者走者・内囿は一気にダイヤモンド一周で生還、勝ち越しのホームを踏んだ。

「自分自身、焦ってしまった。グラブを上に(早めに)上げてしまい、ボールを捕球することができなかった。(エースの)馬庭(馬庭優太、3年)が初回から頑張っていたのに、何てことをしてしまったのか、と……」(藤原)

 痛恨の失策。藤原は守備位置から帽子を取って、深々と頭を下げた。大社には「約束事」がある。個人のミスは、全員のミス。一つの失敗を、一人に背負わせるわけにはいかない。

「ずっと、ミスをした後も声がけをしてくれて……。『次があるから』『大丈夫だから』。馬庭からも言葉があり、そこで、気持ちを切り替えることができました」(藤原)

 馬庭も引きずらなかった。後続2人を抑え、二死からは中飛。藤原ががっちりキャッチした。全力疾走で三塁ベンチに戻る際、スタンドからは万雷の拍手。この日、一番の大声援だった。「下を向くな」「あきらめるな」「まだ、攻撃は3イニングあるぞ」。観客の誰もが背番号8・藤原を後押し。大社の反撃を心から信じた。夏の甲子園は、劣勢なチームほど、優しい歓声が沸き起こる風潮にある。一生懸命な姿に、感情移入する。場内は一変し、リードされている大社ムードとなったのだ。

三塁側の大社アルプスは超満員。チャンスの場面で流れる『サウスポー』の音量は、圧倒的だった[写真=宮原和也


 7回裏の藤原の打席では、さらに大きな声援が三塁アルプス席だけでなく、三塁内野席、ネット裏から飛ぶ。ものすごい雰囲気だった。

「今まで経験したことのない声援でした。自分自身、涙が出そうになりました。この応援に助けられました」(藤原)

 大社はより一層、団結力が増した。エース・馬庭は言う。「(チームの目標である)8強を決める試合。自分たちは、ここで負けられない。誰にでもミスはある。自分がしっかり投げ切ることだけを考えた」。エースの奮闘にナインが応える。1点を追う9回裏にスクイズで追いつくと、延長11回タイブレークでサヨナラ勝ちをおさめた。馬庭は149球2失点完投。11回裏、エース自らのバットで死闘を制した。3試合をすべて一人で投げ抜き、報徳学園、創成館に続いて強豪私学を撃破した。

「仲間に助けられた。感謝したい」

 試合後の取材スペースで、藤原は目を充血させながら言った。93年ぶりの8強。大社はチームスポーツの理念を体現した。野球を長い人生に置き換えれば、人間は一人で生きることはできない。教訓となる名勝負だった。

文=岡本朋祐
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