神奈川県高野連としても悲願

横浜清陵高は来春のセンバツ21世紀枠の関東・東京地区の候補校に推薦。12月19日に表彰盾の贈呈式が行われた[写真=BBM]
評価とは、他人がするものである。部員たちは自身でコントロールできる分野で、最大限の努力を重ねてきた。日々、コツコツと積み上げた「成果」が「形」となった。この約1カ月で、周囲の状況は劇的に変化。しかし、当事者はこれらの喧騒に惑わされることはなく、いま置かれた現実を冷静に受け止めていた。
横浜清陵高は11月14日、来春のセンバツ21世紀枠の神奈川県候補校に推薦された。12月15日には関東各都県の理事による会議が開催され、関東・東京地区の推薦校に決まった。同19日に表彰盾の贈呈式が同校で行われた。センバツ選考委員会は、来年1月24日。全国9地区の推薦校から2校が選出される。
神奈川県立横浜清陵高校は1974年4月、清水ヶ丘高として開校した。学校改革の指定により、2004年に大岡高と統合し、横浜清陵総合高として新たに開校した。16年に県立高校改革実施計画(1期)により、学科改編の指定を受け、17年4月に横浜清陵高(単位制普通科)として開校した。
センバツ21世紀枠は2001年(第73回大会)から、特別枠として導入。野球の実力以外に困難克服、地域貢献、文武両道、創意工夫した取り組みなど、特色ある学校が選ばれ、甲子園に招待されてきた歴史がある。神奈川は過去24年、8都県で唯一、関東・東京地区の推薦を受けたことがなかった(21世紀枠に選出されていないのは群馬、埼玉、神奈川)。
神奈川県高野連としても悲願だった。県高野連・榊
原秀樹専務理事は感慨深いものがある。
「我々は毎年、議論を重ねて推薦校を出し、関東・東京地区の会議でも全力を注いできました。素晴らしい各学校さんが名を連ねている中で、5分のプレゼンをするんですが、都会の学校には、なかなか縁がありませんでした。今回は横浜清陵の特色を推す声が多く、顧問の先生方の力も大きかったと思います」
決め手は何か。榊原専務理事は続ける。
「この4年間で春1回、夏1回、秋1回、県大会で準々決勝に進出し、安定した戦績を残しています。『私学優位』と言われている中で、トップレベルの県立校として大会に挑んでくる。私学も対戦相手が横浜清陵と聞くと『やりづらい』という声を聞いたことがあります。この春は3回戦(対横浜創学館高)、4回戦(対三浦学苑高)に競り勝ち、創部初となる夏の第2シードを獲得。この秋は4回戦で三浦学苑高に勝利して8強進出。準々決勝では東海大相模に惜敗(0対5)しましたが、県立高校としては特筆すべき結果を収めています」
「頑張ることを続けるだけ」

毎日新聞社・高山祐横浜支局長[左]から表彰盾が横浜清陵高の主将・山本に贈られた。手前右は内藤選手マネジャー[写真=BBM]
強豪校と互角に渡り合える実力だけでなく、高校生としての模範的な行動にも長けている。学校近隣の清掃活動を能動的に取り組み、県大会においては補助員の仕事(アナウンス、場内案内、グラウンド整備ほか)にも率先して参加し、県高野連の運営に尽力している。女子部員の意識レベルも高く、マネジメント(管理)の分野で主将と同格の立場。自覚を持ってチームを支え、中心的存在である。
榊原専務理事は補足する。
「横浜清陵を指揮する野原慎太郎監督は、素晴らしい指導者です。過去に赴任した岸根高、大師高と、行く先々で結果を残している。何が優れているのかと言えば『心』の強さです。県立だから、部員不足だからという状況をハンディにとらえず『皆、同じ』というスタンス。決して甘えない。妥協しない。生徒と顧問が『自治』という共通認識を持ち、部員たちで部活動を作り上げている。これが大きな強み。全部員が『思い』を持っており、退部者もいません。先生方が手を差し伸べる場面は当然ありますが、選手ファーストで、生徒主体で動いている。県内の公立高校の先駆けになっており、『自分たちにもチャンスがある』と他校にとっても励みになると思います」
野原監督は東海大相模高出身。2000年春のセンバツで、控え投手として優勝を経験した。横浜国立大、同大学院を経て、神奈川県の家庭科の教諭になり、岸根高を経て、前任の大師高では2015、17年夏に県5回戦進出、16年春は4回戦進出で、夏の第3シードを得た。19年夏も4回戦進出と、公立の雄として存在感を示してきた。2020年4月から横浜清陵高に赴任し、メキメキと力をつけた。ブレない信念がある。甲子園で勝つことである。
横浜清陵高・山口修司校長は「ここまでの時点で生徒たち、教職員の取り組みが評価されたのはうれしい。野球部員は普段の学校生活を含めてよくやっている」と、喜びを口にした。甲子園に一歩近づいた野原監督は、21世紀枠推薦校をどのようにとらえているのか。
「いつもどおりの日々を過ごしていたら、県推薦、関東・東京でも推薦していただいた。そのために何かをやっていることは一つもない。1日1日、1週間1週間、真摯に過ごしていたら、こういう状況になっている。不思議な感じがします。でも、ありがたいことです。先週末にOB会があったんですが、(反響は)想像以上で、生活の励みにしてくださっている、と。一生懸命やった結果が、喜びにつながっているのであれば、うれしいです。当時の卒業生が在学中にそうであったように、私たちは変わらず、毎日、グラウンドで現役の選手たちと頑張ることを続けるだけです」
全員野球をモットーにして

表彰盾を手に記念撮影。左から野原監督、神奈川県高野連・榊原専務理事、佐藤幸太部長[写真=BBM]
生徒たちも「評価」を冷静に受け止めている。選手マネジャー・内藤大維(2年)は言う。
「特別な思いは、ありません。OBの方々が積み重ねてきた結果。その結果が、自分たちの代であり、ビックリのほうが大きかったです。今までの取り組みを評価していただいたので、いつもどおりの学校生活、練習をして、勘違いをしないようにしていきたいです」
主将・山本康太(2年)は特長を語る。
「『全員攻撃・全員守備』を体現すべく、全員野球をモットーにしています。私立、公立を区別せずに、甲子園に行くこと、甲子園で勝つことだけを考えている。(春、秋の)県大会でベンチ入りは25人ですが、メンバーに入れなかった手伝い班、練習の合間に補食を作ってくれる部員、対戦校を分析する偵察団の力で勝った試合はいくつもあります。全部員が役割を持ちながら、持てる力を最大限に発揮するのが強み。21世紀枠の関東・東京地区の推薦校になりましたが、今からできることはない。仮に選ばれたとしたら、甲子園でしっかり戦える準備をする。選ばれる、選ばれないは関係なく、自分たちは甲子園で勝つために日々を過ごしていくだけです。自治。指導者の声に耳を傾けながら、自分たちがやりやりたい野球をやる。ミーティングを増やし毎週、一つひとつの課題を克服していきたい」
野原監督は「自治」をどうとらえるか。
「自治という言葉が一人歩きすると、違ったニュアンスで伝わってしまうかもしれないですけど、一緒に考えている、一緒につくっているという感覚です。委ねている。任せているのではない。そこは、確認しておきたいところです。部員が考えて、私も意見を言って、また考えて一緒に擦り合わせている作業が運営のメインなので(生徒たちに任せるという)怖さはありません。自分たちのメニュー、ルールになっており、時間がかかること以外は、納得して、部として進めています」
「自治」が浸透しているからこそ、強豪校にも臆することがない。相手を見るのではなく、自分たちの野球を貫けばいい。だからこそ、目の前のプレーに集中できる。周囲の「評価」にも、現場は何も変わらない。
「今までも甲子園を目指してやってきましたので、そのため(21世紀枠選出)に、何かをするということはありません。今までと同じ気持ちで、この先を過ごすことが大切。こうなったから、何かを変えることは、今までの目標と取り組みを否定することにつながります。毎回、優勝をしたくてやっているので、結果が出たとは思っていません。この秋もまた、途中で負けた(県準々決勝敗退)と思っています。今までの自分たちにプライドを持って、今までどおりの目線と基準に、張り切ることなく、真摯に取り組みたいと思います」
選手24人、女子部員1人。25人が主体性を持ち、各々の立場でチームビルディングしていく。最上級生の2年生12人。野原監督は「愚直。誠実。打てば、響く」と人間性を認める。全員に平等にある24時間をどう活用していくか。本物の「自治」を、追求し続ける。
文=岡本朋祐