手を差し伸べた巨人

巨人のユニフォームで再起を目指す田中将
明るい表情が、状態の良さを物語っている。巨人の春季キャンプでマスコミの注目度が高い選手の一人が、
楽天から新加入の
田中将大だ。ブルペンで投球練習を視察した他球団のスコアラーは「状態がいいのでしょう。昨年と明らかに違います。フォームのバランスが良くなり腕が振れている。これから暖かくなれば直球がさらに力強くなってくる。勝つ術を知っている投手ですし、先発ローテーションの枠に入ってくる可能性は十分にある」と警戒を強める。
球界を代表する右腕は、NPBで現役続行の危機を迎えていた。右肘のクリーニング手術明けだった昨年はコンディションが上がらず、1試合登板のみ。プロ18年目で初の一軍未勝利に終わった。楽天の看板投手だったが、球団から大幅減俸を提示されると退団を決意。移籍先がなかなか決まらない状況が続いた中、手を差し伸べたのが巨人だった。日米通算200勝に向けて残り3勝に迫っているが、田中にとって大記録到達はゴールではない。入団会見で「3勝で終わるつもりはない。ひとつでも多くの勝利に貢献したい」と誓った。
昨年15勝を挙げて自身4度目の最多勝に輝いた
菅野智之が、海外FA権を行使してオリオールズに移籍。太い柱が抜けたことで、巨人は先発陣強化がリーグ連覇に向けて大きなテーマになる。実績十分の田中が先発で稼働すれば心強い。
阿部慎之助監督が右腕の復活に向け、指導を託したのが
久保康生巡回投手コーチだ。
名伯楽の信念
近鉄、
阪神、
ソフトバンクや韓国球界、社会人野球のクラブチームで投手コーチを歴任。98年から近鉄で指導者人生をスタートし、一度もユニフォームを脱がずに28年目を迎えた。近鉄時代は
大塚晶文(現
中日巡回投手・育成コーチ)を守護神、
岩隈久志を絶対的なエースに育てた。阪神では当時伸び悩んでいた
藤川球児(現阪神一軍監督)の素質が開花。巨人のコーチ就任後は23年に4勝のみに終わった菅野の復活に一役買った。多くの名投手を育成し、復活に導いた実績から形容された異名が「魔改造」。久保巡回投手コーチは自身の指導理念について、週刊ベースボールのインタビューで以下のように語っている。
「指導するにあたっては、まずは“見る”ことでしょうね。『この選手、どこでうまくいかないんだろうな』という気になるポイントを探すべく、自分なりの視点でしっかり見ていくことが重要となります。そのあとは、何も触らない状態で実戦をさせて、実戦の中であらためて気になるポイントがどうかを確かめる。そこでやっぱり気になるようなら、何が問題かをはっきり伝えます。選手に“興味”を持たせるんです」

田中を指導する久保コーチ[右]
「見るにあたっても、投げているところだけではありません。最初はウォーミングアップから。その時点で気になる選手は気になりますよ。選手一人ひとりが私に対していろいろな“信号”を出してくるので、そこをしっかりキャッチできるように常にアンテナを張り巡らせる。試合でのピッチングにつながるまで、どういう流れで状態をもってきているのかなど、観察していないと選手に指摘することはできません。もちろん1人では限界があるので、ほかの人から伝え聞く情報もあります。それこそ生活態度なんかも。この子は部屋が汚いとか、そういうところもピッチングに影響が出たりするんです。選手に関する情報があればあるだけ、指導もしやすくなります。悩んでいる選手がいたときに『どう接していったらいいのか』『どういう部分から気づかせていったらいいのか』、アプローチの指針になるのが情報です。情報を基に練習メニューや段取りを組んでいくわけです」
春季キャンプ中は田中と投球フォームを確認しながら、連日マンツーマンで指導する光景が見られる。「魔改造」で復活へ――。田中は新天地で再び輝きを取り戻せるか。
写真=BBM